誰も知らない彼女
なんて言えばいいのかわからないほど複雑な気持ちを捨てようという強い意志が感じられる。


グズグズ悩んでいた自分を捨てて、新たな自分に生まれ変わると決心したのだろう。


口角を上げて拳を突きつける由良に、私もつられて同じように拳を由良に向ける。


お互いの拳がコツンッと軽く当たり、それから何度かボクサーのようにパンチを繰りだすまねを繰り返した。


プロボクサーよりかなり弱いパンチだったけど、その拳を由良のそれにぶつけたことで、残っていた不安な感情やマイナスな気持ちが一気に吹っ飛んだ。


「うん。覚悟して待ってるね」


はっきりと言おうと意識したわけではないのに、なぜか自分の声が耳に大きく響いた。


ここがどこであるのかとか、今はもうどうでもよくなってきた。


私は今、親友とこうして弱いパンチをそれぞれの拳にぶつけて笑い合っている。


それだけでいいのだ。


「約束よ。もしその約束を破ったら、本気のパンチでバシッと殴るからね」


『バシッと殴る』という言葉を聞いても、あまり恐怖は感じない。


ただ、親友と笑い合っていることが嬉しいだけ。


これから先、なにがあっても協力し合って少しずつ前へ進んでいく。


たとえどんな困難が私たちを待っていようとも、必ず越えてみせる。


「もちろん。私が約束破ったら、思いっきり殴っていいよ」


口角を上げながら不敵に笑い合う私たちに、ジリジリと太陽の光が照りつける。


夏のような暑い日差しに文句も愚痴も出すことなく、私たちは拳をおろして豪快に笑った。


まるで太陽の光が、私たちの明るい雰囲気を包み込んでくれているようだ。


お互いの信頼を自分たちの手に預けたことで、ひとつの区切りがついたような気がした。


これから残酷な事件が起こるとは思わせない前向きな姿勢。


それが、もう一度信頼しようと決心した私たちの関係とつながっていた。
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