誰も知らない彼女
私のその願いが届いたかのように、すぐに授業の終わりを知らせるチャイムが廊下中に響いた。


奥でガタガタッとなにか物音がしたあと、手前側のドアが開いた。


ドアから現れた化学担当の先生が目を見開いてこちらを見る。


「え、榎本さん、どうしたの?」


「いえ、なにも……」


ここに座り込んで『なにもない』と言うのは少し無理があったのかもしれない。


壁から離した背中にくすぐるような汗が流れる感覚に襲われる。


しかし、次の授業の準備をしなければならないためか、先生はそれ以上追求してこなかった。


先生は「そう。ならいいんだけど」とつぶやいて、逃げるように私に背中を向けて歩きだした。


その姿が見えなくなったのを見計らい、手に壁をついてゆっくり立ちあがった。


教室のドアからコソッと中を覗き込む。


あぁ、由良がうつろな目でクラスの子を足蹴にしている。


私が探しているのはネネとえるなのに、なぜか先に由良のほうに意識が引っ張られてしまう。


気にしなければいいよね。


クラスの子を足蹴にしてる由良のことなんか気にしなければいいだけ。


由良のことを意識しなければ、自然と由良に対する意識が消えてなくなる。


心の中の自分にそう言い聞かせ、教室に入った。


だが、私が教室に入ってわずか数秒で由良が顔をこちらに向けた。
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