あなたしか見えないわけじゃない
「志織、島の仕事はいつまで?いつ引き払える?」

「ええっと、契約を更新してないから契約上はあと2ヶ月間。何もなければ9月末で終わり」

洋ちゃんに告白して拒絶されたらそのまま島に残るつもりだった。だから、契約更新前にここに来たんだ。

「そうか。志織が戻ってくるまでに広い部屋に引っ越ししておこうかな。志織はどの辺に住みたい?転勤があるから、まだ分譲マンションや家は買えないけど。
でも、すぐに籍は入れようね。ああ、ナツさん達に報告が先か。でも、後でも許してもらえるな。どっちの親も『早く何とかしろ』って言ってたし」

は、はぁ?
何だか洋ちゃんがいろいろスゴいことを言い出した。

私はさっきまで告白してダメだったらどうしようと不安でいっぱいだったから、こんな展開になると思っていない。

「あ、志織には拒否権ないからね」

にやりと笑って私にキスをした。
もちろん、拒否なんてしないけど。

それよりも今は大問題があった。

「洋ちゃん、離れたくないよぉ」
私は洋ちゃんに抱き付いた。
現在時刻は朝6時。
洋ちゃんはいつも7時半に出勤するから、もう少ししたら出勤の支度をしないと。
私は昼の飛行機だから10時にここを出る。

「志織、もちろん俺もだよ」
洋ちゃんはしっかり抱きしめてくれる。
今のうちに洋ちゃんのぬくもりと匂いを自分の身体に刻み込んでおこう。

洋ちゃんの胸に顔をすり寄せてくんくんとしたら
「こら、志織。ニオイ嗅ぐな。汗臭いから」
と頭の上から声がした。

「洋ちゃん、昔から何にもクサくないよぉ」
今度は首すじをくんくんとしてみるけど、全く嫌な匂いはしない。温かくて落ち着く匂い。

「ソルト」

「え?」

「ソルトみたいだな、やっぱり」

「ソルトって診療所の白猫『ソルト』のこと?」

「そう。迷い猫のソルト」

島の診療所には白猫がいる。
洋ちゃんが代診で来ていた間にどこからか来て診療所の飼い猫になった子である。
洋ちゃんにスゴく懐いていたらしい。

「ふぅん。だから、私が白猫の部屋着を初めて着た時に笑顔だったんだ。『ソルト』が懐かしかったんだねぇ。
洋ちゃん、昔からネコ好きだもんね」

「あー、違うけど、まぁいいか。うん」
洋ちゃんはちょっとだけ困った顔をした。

「それよりも、この2ヶ月間淋しがってる暇はないかもしれないぞ」

「何で?」

「やることと決めることだらけだよ」

「診療所の仕事だってあるし、引っ越し準備もあるだろ。あと、インターネットでいろいろ見ておいて」

「ネットで何を?」

「志織が着たいウェディングドレスのデザインとか結婚式場とか、ハネムーンの場所とかね」

私は目を見開いた。
「洋ちゃん」

まさか、そんなことまで考えて…。

「洋ちゃん、本当にお嫁さんにしてくれるの?」

「もちろん。だからさ、この2ヶ月は志織の独身最後の2ヶ月なんだよ。楽しんで過ごしておいで」

にっこり笑って私の頬にキスをした。
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