あなたしか見えないわけじゃない
「そーよ。池田先生は島の若い男たちがしおりちゃんに手を出さないか心配してたんだから。しおりちゃんかわいいから離れてる1年間が不安だったんじゃないの?最初だって付いてきたし、その後だって島に来て、堂々としおりちゃんちに泊まっていったわよね」

「うちは3部屋もあるし…」
段々と顔が赤くなってきた。
わ、何だか恥ずかしい。うちに泊めたってことはそう思われていたんだ。
そういう関係じゃ無かったんだけどな。
洋ちゃんとはまだキスしかしたことない。

「とにかく、池田先生は大人の女性として、しおりちゃんが心配だったのよ。対等な関係だと思うわ!」

林さんは胸を張った。

「僕もね、志織ちゃんはもっと自信を持っていいと思うよ。仕事もよくやってくれたし、イケメンでクールな池田先生をおろおろとさせられるのは君だけだしね」

後藤先生と奥さんはニコニコとした。

「私は池田先生の隣にいる資格がありますか?」

「それを決めるのは池田先生よ、しおりちゃん。でも、私たちはみんな2人はお似合いだと思ってる」

それを聞いて、やっと笑うことができた。
洋ちゃんが私を必要だと言ってくれる限り隣にいてもいいんだ。いらないっていってももう離れられそうも無いけど。

私の膝で眠るソルトを抱き上げて頬ずりしたら、奥さんがカシャッと携帯で写真を撮っていた。

「池田先生にメールで送ってあげましょうね。きっと泣いて喜ぶわ。島に来たくなっちゃうでしょうけど」
と笑った。

洋ちゃんが泣いて喜ぶ姿なんて想像つかないけど、そうだったらうれしいな。

「でも、島の内外で泣く男たちが多いわね」と林さんが笑う。

「志織ちゃんがいなくなるのは淋しいけど、診療所の仕事は楽になるね」

後藤先生がそんなことを言うから、私は申し訳なくなった。

「やっぱり私はご迷惑をお掛けしてたんですね。仕事も遅いし、覚えも悪いし。すみません」
私は深々と頭を下げた。

「いや、違うよ。志織ちゃん。
島の外から志織ちゃん目当ての者たちが患者になって押しかけて来ていたからね。志織ちゃんがいなくなると、彼らも来なくなるだろ?そういう事だよ」

「そうよー。たいしたことないのに、ケガしたとか、熱があるとか咳が出るとか。何かと言っては診療所に来て志織ちゃんに優しくされたいとか顔が見たいとか。しょーもない男たちがどれだけいたか」

「池田先生もそれを心配してたよ。おかげで志織ちゃんは訪問看護にたくさん出てもらうことになってしまったんだから。診療所に志織ちゃんがいなければ、志織ちゃん目当ての彼らも長居はしないしね」

ええっ、まさか私が訪問看護にたくさん出ていた理由ってそれ?

「あ、もちろん、必要なお宅を回ってもらっていたけど、中には数軒元気なお年寄りのお宅もあったでしょ?」

そう、あった。
後藤先生に健康相談に行ってきて欲しいと言われて行った先のお婆ちゃんに血圧を測った程度で「もういいから、お茶を飲んでいきなさいな」なんて言われることもしばしば。

「もちろん、予防的な健康管理業務って意味もあったんだけどね」と後藤先生は笑った。

「僕たちは志織ちゃんがいなくなると本当にさみしいけれど、池田先生と幸せになるんだから笑顔で送り出すよ」

そんな有難い言葉に涙が溢れた。






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