あなたしか見えないわけじゃない
大切な白ネコ
医局の人事で都内の大学病院から横浜の関連病院に異動が決まった。

「池田先生、次、横浜なの?あそこって循環器病棟に例の美人ナースがいるとこでしょ?いいなぁ」

全く、これで何人目だよ。
俺の転勤が決まった途端、何人もの同僚が同じ事を言ってくる。

『例の美人ナース』

それは多分、志織の事だろう。

数ヶ月前にその横浜の関連病院から大学病院に異動してきた若いドクターが『循環器病棟に誰も落とせない美人ナースがいた』と余分なことを言うから、医局内で噂になっていたのだ。

本当に余分なことを言いやがって。





俺にはかわいい大切な年下の幼なじみがいる。

母の友人のナツさんの娘で、彼女が生まれた時の事は今でもよく覚えている。

臨月だったナツさんは自分の実家の隣に住む友人宅である俺のうちに遊びに来ている時に陣痛が始まった。

母があちこちに連絡している間、苦しがっているナツさんの手を握ったり腰をさすってあげたのは小学生の俺だ。

病院に着いてすぐ出産したから、生まれた赤ちゃんの志織を父親より先に見たことになる。

オムツ換えもしたし、お風呂も入り一緒に寝たりもしていた。

俺にとって志織は妹に近いが妹ではなく、かといってただの幼なじみでもない。例えようが無いが最も家族に近い大切な女の子だった。

志織を相手に恋愛感情は無かったが、志織の事はいつも気になった。

外見は美人だ。だが、人見知りのせいでクールなイメージが付いてしまい、周りには本来の彼女が理解されていないのではないかと思う。
美人だけど取っつきにくい、そんな感じ。
特に恋人に対して、自分を出してしっかり甘えられているのかと心配になる。余計なお世話だけど。


しかし、幼い頃から志織は俺が呼ぶとライトブラウンの瞳をきらきらさせて近づいてきた。
べったりくっつくわけじゃなくて、軽く腕が当たるとか膝が当たる程度の距離で側にいるのが普通だった。
ただ、眠くなると俺の膝に入って来る。
まるでネコのようだ。

俺のかわいい白ネコ。


< 115 / 122 >

この作品をシェア

pagetop