あなたしか見えないわけじゃない
もうすぐ勤務が終わるという時間に師長からお呼びがかかった。
私以外にも4名。その中には小出さんもいた。
秋の異動の内示だった。

「今年は組織改革で大規模異動になる」とは年度初めに聞いていたけど、まさか、自分が対象になるとはね。

「異動は10月1日付。半年間で完璧に新しい職場の業務をこなして指導係ができるようになってもらうから」

き、厳しい。

小出さんはご主人の仕事の都合で外来に異動が決まっていた。秋から単身赴任になるらしく、残った家族の世話のため夜勤のない外来勤務を希望していたのだ。

「藤野はICUよ。頑張って」

「ICUですか?」

これはまた厳しい職場に決まってしまった。
今までの経験が役にたつのか不安になる。

ICUといえば、うちの病院では救急救命センターと並ぶ花形職場。
花形といえば聞こえがいいけど、実際は目立つけど超過酷だと言われている。

昼休みに社員食堂でICUや救命のナースに出会うことはない。彼女らは社員食堂に来る時間がないからだ。

自分たちのフロアに広めの休憩室があり、希望者はそこに社員食堂からランチ弁当を運んでもらえるが、ランチタイムと言われるような時間に食べられるのは稀らしい。

何より、各科と違って全ての科が入る可能性がある集中治療室。
私の知識、技術共に全く足りないだろう。
どうして私が選ばれたのかわからない。

組織の一員として異動は受け入れるけど、不安だ。

師長が私の表情に気が付いたらしい。

「藤野。あなたなら大丈夫よ。病棟の勉強会も内外の研修会も沢山行って勉強してるし、根性があるから。根性で乗り切りなさい」

師長はガッツポーズをして励ましてくれたけど。

「根性って知識や技術よりICUに必要ですかね?根性があれば乗り切れるもんですか?」

小出さんに聞いてみる。

「そりゃ根性は必要でしょ。乗り切るしかないんだし」

さらりと言われた。



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