あなたしか見えないわけじゃない
遅出勤務で午後から出勤すると、スタッフの何人かに笑われた。
今日は土曜日だから、休日体制で基本的に検査や処置はなくスタッフの人数も少なく病棟は落ち着いていた。


木村さんが「伝説に残る送別会だったと言っておくわ」
と言った。

「途中から記憶がないんです。何かご迷惑を?」

背中に冷たいものが通過する。『伝説に残る送別会』ってどういう意味?何かやっちゃった?

「ま、そんなことだと思ったわ」鼻で笑われる。

「なかなか面白かったわよ」

木村さんはニヤリと笑って耳元で囁いた。
「アンタ、池田先生と一緒にお風呂に入ったり寝たりしてたわね」

背中に冷たいものが走る。
「い、いえっ、決してそのようなことはっ!」
両手をぶんぶんと顔の前で振って慌てて否定する。

「どうせ子供の頃の話でしょ。もう時効だけど秘密にしておいてあげる」
あははっと笑って木村さんはナースコールの呼び出し対応しに行ってしまった。

神さま、どうか私を20時間ほど前の世界に戻して下さい。老酒を飲まないように説得しますから。


後で日直当番の石田先生から聞いた。

循環器内科、心臓外科、CCUの主賓の異動メンバー合計10人中9人が杉山部長からの特別な老酒で1次会で酔い潰れてしまい、挨拶もできない状態になったという。
唯一の生き残りはお酒が飲めない小出さん。
最後も小出さんが代表になり挨拶したという。

そして、酔った私が挨拶をすると言ってぐずりだし、仕方なく洋兄ちゃんが私の代わりに挨拶するから我慢しなさいと説得して私をおとなしくさせたというのだ。
もちろん、本当に挨拶もしたらしい。

そして、あの普段、私以外には怖くて堅苦しい杉山部長も二次会に参加して、若いドクターやナースと肩を組みご機嫌で今どきのアイドルの曲を歌ったという。

そりゃ、伝説の送別会老酒事件と呼ばれるだろうな…。

< 40 / 122 >

この作品をシェア

pagetop