あなたしか見えないわけじゃない
翌朝は早めに起きてコーヒーを入れた。
彼は朝食をとらない。

「おはよう」

「お、藤野、今朝は早いな。よく先に起きられたもんだ」

そうなのだ。私は朝が弱い。それはそれはひどいものだ。
だから、夜勤に強く日勤は辛い。 
でも、今朝は早起きだ。というか、ほとんど寝ていない。

「今日、日勤だっけ?」
「ううん、準夜勤だよ」

「夜勤なのに藤野が早起きしたんだ。何か用事でもあった?」

言いにくいけど、さぁ今だ!
「うん。るー君に」

「え?俺?何?」
少し驚いた顔をした。

「うん。あのさ……大学病院に戻るの?本当?いつ?」

一瞬「え?」って表情をした。
そして、コーヒーを飲みかけのままクローゼットに歩いて行った。

私に背を向けて。
「ああ、大学病院に戻る話が出てる」 
「いつ?」
「決まれば来月」
ワイシャツを取り出して着替えはじめる。

「来月!そんな……すぐじゃない」
キッチンで立っていた私はへなへなとフローリングに座り込んだ。

「藤野。前にも言っただろ。異動なんて当たり前でたいしたことじゃないよ」

ネクタイをしめながら私をちらっと見た。

「じゃ、引っ越しは?部屋はどうするの?」

「もちろん、引っ越しをする。世田谷か目黒辺りかな」

じゃ、私はどうするのよ!……とは聞けなかった。
涙目になり彼を見つめる。

「藤野」
やっと私の近くにやってきた。

フローリングに座り込み涙目で睨む私の頭をポンポンとさわり「俺たちは変わらないよ」と言った。

俺たちは変わらないよ

変わらないってどういう意味?

「それよりさ、クリーニング取りに行ってくれた?明日青のワイシャツとスーツを着たいんだけど」

「あ、ごめん。まだ行ってないよ」

「今日夜勤でしょ。昼間のうちに行っておいて」

「あー、うん。わかった……」

「それとさ、来週土曜日に不動産屋回りするから行けるよね」

「え?ごめん。来週土曜日から帰省することになっちゃってて」

「ダメなの?ずらせない?」
途端に眉を寄せて不機嫌な表情に変わる。

「ごめん、無理」
悪いなと思ったけど、急に言われても。

ちっと彼は軽く舌打ちした。
「じゃ、明後日の土曜は?」

「準夜勤だから朝から15時までなら大丈夫」

「仕方ないな。じゃ土曜に回るぞ」

はい…。もう部屋探しか。
現実味がまるでない。
転勤の話も本人から聞いたのはたった今なのに。

私と一緒に暮らす部屋を探してくれるはずがない…。
彼がひとりで暮らす部屋を一緒に探すのか。
考えるだけで虚しい。
悲しすぎる。
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