あなたしか見えないわけじゃない
「志織」

洋兄ちゃんが改まった様子で私に言った。
真剣な表情だったから私も背筋を伸ばして「はい」と返事をする。
これは、アレだ。
いつもの真面目なお説教がはじまるパターンだ。
優しい洋兄ちゃんだけど、洋兄ちゃんのお説教、これだけはきちんと聞かないと叱られる。

「俺が50才を過ぎても独り身だったら志織がもらってね」

は?50才って?って顔をした私を見て洋兄ちゃんは吹き出した。

「ひどいっ。からかったのね!」
けらけらと笑っている。
私は顔が熱くなった。

「真面目な話かと思ったのに、洋兄ちゃんひどい!」

「俺が50才だと志織は44才か。想像すると笑えるね」

「笑えないっ。だいたい何で私まで独身が前提なの」

「そうだね。そうだよね。志織はお兄ちゃんを置いて先にお嫁に行っちゃうんだな」

「その言い方は何なのかなぁ」

2人でじゃれ合うような会話をしていると、帰り道はあっという間だった。

洋兄ちゃんのマンションで車を停めて運転交代。
私が運転して自分の部屋に帰る。

「志織、昨日の夜した約束、忘れないようにな」
車から降りるときに洋兄ちゃんはそう言った。

「うん。忘れないよ」
私は洋兄ちゃんの目を見て頷いた。


洋兄ちゃんとの約束。

『どうしようもなく辛い時、苦しい時、悲しい時、1人で泣かない。必ず洋兄ちゃんに連絡する』











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