あなたしか見えないわけじゃない
「これ美味しいよ。味もしっかり付いているし」
「えへへ。ありがと」
そうでしょ、そうでしょ。
洋兄ちゃんの食の好みは長年の付き合いでバッチリなんだから。


「ね、洋兄ちゃん。明日も帰りが遅い?」
「いや、たぶん大丈夫だろ」

「よかった。じゃ、ちょっと相談にのってね」
「志織、どうするか決めたの?」

「決めたっていうかね。うーん、まぁそれも明日に」
こんな深夜にゆっくり話せる内容じゃないし。
それより、今夜のうちに話しておかないといけないのは周布先生の事。

「あ、洋兄ちゃん。今日、周布先生に会った」
何でもない風を装って話す。

洋兄ちゃんの箸が止まり、私の顔を見る。

「会ったって、会う約束してたのか?」

「ううん。木村さんの送別会をやったお店を出た所であっちが待ってた」

「待ち伏せ?」眉をひそめて怖い顔をするから、慌てた。

「何かね、私が横浜に来るのを小耳に挟んだみたいで。謝りたかったんだって。わたしがずっと避けてたから」

「ゆっくり話したのか?」

「ゆっくりって程じゃないけど、話しはしたよ。あれから全く連絡取って無かったしね」

「志織が納得できる話だった?」

納得?納得ではないかな。謝罪はあった。
それに『戻って来て欲しい』って言われたなんて、洋兄ちゃんには絶対に秘密だ。

「志織」
私がすぐに返事をしなかった事で洋兄ちゃんの顔は更に険しくなっていた。

「あ、ごめん。んー、謝罪があったよ。まぁ、スッキリしたかな。ごめんね。心配かけて」

洋兄ちゃんは鋭いから、私が何か隠してることに気が付いているかもしれない。

だから、ちょっとはぐらかす。

洋兄ちゃんの隣のイスに移動して猫耳と顔が付いたフードをかぶる。
洋兄ちゃんの顔を下からのぞき込むようにして
「スッキリしたから大丈夫にゃん」
と言ってから、右腕に頬をすりすりっとした。

「しおり。それ反則」
驚いた顔をして身体をビクッとさせたのに、えへへと笑う私の頬をぶにっと引っ張った。

「いたぁー」
ひどいと洋兄ちゃんを恨みがましい目で見ると、
「そんな技を志織に教えたのは姉さんだな」
と何とも不機嫌そうな顔をした。

「洋兄ちゃん」
かぶっていたフードを外して洋兄ちゃんの顔を見る。
「あのね、私は周布先生に言いたい事言ってきた。だから、もう平気。ふざけてごめんね」
ちょっと頭を下げた。

「そうか」
そう言うとやっと少し笑ってくれた。

「志織、お茶ちょうだい」「はぁい」

私はお茶のお代わりを入れに立った。
こんな風に落ち着いて過ごせるようになったのは洋兄ちゃんのおかげ。

お茶を淹れながらうふふと笑う私を洋兄ちゃんは
「夜中に白猫が不気味に笑いながらお茶を淹れてる。怪しすぎるっていうか怖いぞ」
と笑った。



静かに夜が更けていく。
穏やかな洋兄ちゃんと私の時間。


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