翼を失くした女神
side輪
矢敷遠子は生徒会の裏切り者だ。
学校に通う生徒なら、誰もが知っている情報。
「先輩。こんなところで寝てたんですか」
中庭で微睡む遠子先輩を見つけ、俺はゆっくりと歩み寄る。
「輪くん……?」
「はい、輪です」
先輩の口から零れる自分の名前に、自然と口角が上がる。
一年前までは考えられなかったことだ。
遠子先輩が、俺の名前を呼んでくれるなんて。
先輩の頬にそっと手を添えると、先輩の白魚のような手が、俺を確認するように触れてくる。
先輩に触れることを許されたのも。
今は俺だけだ、という優越感が、この上ない幸福感をもたらしてくれる。
密かな喜びに浸っていると、そこでようやく先輩の目が開かれた。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、輪くん」
先輩は、少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
校内では“裏切り者”としてはやし立てられ、生徒たちから後ろ指をさされる彼女。
だけど、目の前でふんわりとはにかむ先輩は、そんな言葉とは無縁のように思える。