王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「ウィル……」


 思わず口から零れた。

 今までと違って、ただ彼に会いたいと思っている自分がいることに、マリーは驚いた。

 彼を想うと胸がぎゅうと切なく締めつけられ、その姿を思い描けば涙が出そうになる。


 これが、恋、なのね……


 自分の想いの名前に確信を持つと、一層胸が苦しくなり、そして悲しさに潰れそうだった心がとても温かな気持ちで溢れ返る。

 いつかウィルに借りた小説にも書いてあったようなことが、まさに自分に起きていることが嬉しくてたまらなかった。

 けれど、その恋の相手とは結ばれることのない悲恋を同時に思い描いてしまい、温かくなっていた心がずきりと痛む。

 フレイザーはマリーを屋敷へ迎え入れるとはっきり言っていた。

 そして、それを両親が反対することはないだろう。

 せっかくウィルのことが好きなのだと気づいたのに、昔から言いつけられていたように、アンダーソン家へ嫁がなければならなくなることが悲しくて仕方ない。

 この気持ちに気づかなければ、悲しみも覚えず、素直にその決められた未来に従い人形のような花嫁として嫁いでいたのだろうか。

 何も考えずにいれば、心が痛むことはなかったのかもしれないと、あの暗黒の瞳が、マリーの考え方も悲しい色に染めようとしてくる。
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