王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 もしアンダーソン家へ嫁ぐことになったら、この宝物だけを支えに私は生きていけるかしら……


 それを教えてくれたウィルとは、当然会えなくなることはわかる。

 マリーは、何よりそれが一番悲しいことだと、目元の潤みを濃くした。


「さあお嬢様、参りましょう。フレイザー様がお着きになる前にお仕度しなくては」


 マリーの心情を理解しないエレンは、逃してはならない機会に意気揚々とマリーの小さな手を引いて行こうとする。

 そこにいる彼から引き離されていくような感覚に、マリーの足は重く動いていかなかった。

 踏み止まろうとするマリーに振り向いてくるエレン。

 怪訝な表情をした彼女に、呼びかけたのはウィルだった。


「エレンさん」


 とても心を落ち着ける彼の澄んだ声に、マリーははっと顔を上げる。


「貴女の言う通り、マリーアンジュ嬢との逢瀬に、下心がなかったとは言い切れません」

「ほら見なさい、汚らしい気持ちでいたのではないですか」

「ですが」


 そっと瞬いたウィルは、しっかりとふたりを見据えて、淀みのない言葉を口にした。
< 71 / 239 >

この作品をシェア

pagetop