もう一度、名前を呼んで2

退院から数日後。やつれたエドはチームを去ることを告げた。
『あいつを攫われお前たちを危険にさらした俺はいないほうが良いだろう』
そう告げて有無を言わさず去っていったが、誰も止める者はいなかった。やつれ果て憔悴しきったエドに言葉をかけられるものはいなかったし、エドは藍那のいないこのチームに居たくはないだろうと皆分かっていた。ここには二人の思い出が多すぎる。


そして本家では。
『あのお遊びは止めたらしいな』
『……』
『子供のお遊びで怪我をするくらいならこちらに専念しろ』
葉巻の煙で白く濁った空気の中、エドとエリク、そしてボスとその側近が対峙していた。
『エリクはよく働いている。お前が家で苦労せんようにだ』
『ああ……』
『小娘は逃げたらしいじゃないか』
『……』
悠然と構えるボスに見えないところでエドは強く拳を握った。

──逃げられた。そんなことは自分が一番よくわかっている。
『俺が死んだときにはお前がボスの座を継ぐんだぞ?自覚があるようには見えんが』
『知ってる』

エリクが見ているエドは覇気がなかった。以前は満ち溢れていた自信も、威圧感も、生命力も今は感じられない。ただ空っぽの入れ物のようだった。
『すぐに死んでは困る。お前の代わりはおらんのだぞ』
そう。次期当主はエド以外にはいない。エリクはただの影武者であり、組織を率いる力はないのだ。ボスもエドが空っぽになっていることをわかっている。情の深い人だ。冷酷な言葉を浴びせていてもその心底ではエドを案じているに違いない。ただ、甘やかすお人ではないから怖い。エリクはエドの今後の生活を案じた。

エリクが恐れていた通り、家業に専念し始めたエドは生と死のギリギリを渡り歩いているようだった。いつ死んでしまってもおかしくはない。出ていく必要のない前線に立ちゴロツキどもを制圧したり,薬の売人を自らが囮になってあぶり出す。女どもの相手をしている時もあればふらついた女を拾ってくることさえあった。藍那がいたころは全部人任せだったことだ……適当な女に手を出すと面倒なことが起きる可能性もある。スパイかもしれないし、女がこちらに入れ込みすぎるかもしれない。エドが入れ込んでしまう可能性はないに等しいが、絶対とは言い切れない……それを止める役目はエリクしかいないのだが、エドは話を聞こうとはしなかった。

『エド、あまり無茶していると危険だ』
『していない』
『この間拾ってきた女がエドに会わせろって喚いていたらしいよ。あまり期待させないで』
『アレが勝手に言ってるだけだろう』
一人、エドが拾ってきた女を抱いたことがあるらしい。事実かどうかはわからないけれど、その女が言っていた。たいそう良い思いをしたらしく自分が娼婦になる必要はないはずだ、エドに話をすれば分かる、エドは自分を求めている!と言ってきかないらしい。……背中に届くブロンドで、アジアの血が混じっているらしくやや幼い女だった。

──…藍那に重ねているのは一目瞭然だ
藍那に出会う前のエドならあんな幼さのある女は絶対に選ばなかった。落ち着いた色気のある年上が好みだったし、近くにずっとジュリアがいるせいでかなりの美形でなければ相手にしないと明言していた。それなのにこのザマだ。
『エド……藍那は逃げたわけじゃないよ、きっと何か事情があったんだ』
『黙れ。……俺よりもその事情とやらを優先したってだけで何もかも分かるだろう』
……。口には出さないものの、エドはきっと“捨てられた”と思っている。逃げたとか、そうじゃない。逃げられただけならこんなに荒れないだろう。ほかの女に手を出すこともない。逃げられたなら追うだけだ。でも、そうしようとしない。調べているリンたちを止めることこそしないものの、状況を尋ねることもしない。藍那の今を知ることを恐れているからだ。エドを捨てて楽しく過ごしているかもしれない藍那の状況を知りたくないんだろう。

エリクは、今まで見たことのないエドの弱った姿に胸が痛んだ。
今までずっと崇拝してきた男だ。どんなに恐ろしくても、どんなに理不尽でも、この人は強くて輝いているまぶしい光だ。そんな人が傷つき悲しみこんなにも憔悴している。そんなになってまで藍那を想う姿すらも尊いとエリクは思った。
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