Distance
部屋から出てきた寿士(ひさし)はスーツ姿だった。仕事から帰宅したばかりなんだと思う。
スラックスのポケットに片手を突っ込んで、もう一方の手で前髪を掻き上げた。


「さっきはよくも俺のことシカトしてくれたな」


そう低い声で唸るように言う、昭島寿士は25歳で同い年。親の親世代から家族ぐるみで仲が良い。


「いやいやいや、だってあれは声を掛けれる状態じゃなかったでしょうが」


私は盛大な溜め息を吐いて、お手上げだわ、ってなポーズで言った。

実は今日、村越さんとの待ち合わせ場所の居酒屋に向かって歩いてるとき、街で寿士を見掛けた。
お洒落なバーの入り口のとこで、こいつは女性とくねくねしながら寄り添っていた。


「あ、あの女の人……彼女?」
「あ?職場の女」
「職場の……?ああそうか、なるほど、うん。職場の女と、プライベートな女がいるわけね。そういうカテゴリー的なご回答?」


ふむふむ、と顎に手を当てている私の頭に、寿士は小さくげんこつを落とした。


「バカ、ちげーよ。職場の同僚ってこと」


にっと頬を緩めて笑う。

寿士は子供の頃からモテる。とにかくモテる。

割りと整った顔立ち、スラッとした体型。高校時代、ファンクラブらしきものがあったとか、モデルにスカウトされたとか。
私たちは高校は別なのであくまで噂聞いたんだけど、あり得ないことじゃないように思える。
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