Distance
「いいよ、なほ。また今度にするから」


小走りで玄関に戻ってきた私に、義仁先生が言った。


「なほのおばあちゃんさ、管理人の仕事長くしてるから、不動産屋について詳しいだろ?ちょっと評判とか聞きたんだ。でもそんなに急ぎじゃないから」
「義仁先生、引っ越すんですか?」
「うん。今新居を探してて」
「へえ、そうなんですか…」
「あれ、聞いてない?」


私の反応を不思議に思ったのか、義仁先生は首を傾げた。


「俺、結婚するんだよ。40にして、ようやく最愛の伴侶に巡り会いまして」


へへへ、と照れた様子で発表した義仁先生は、それからまたさっきと似たようなリアクションをした。


「あれ?おーい、なほ。聞いてる?」


義仁先生はどうやら私の反応が薄いのが、不思議で仕方がない様子だ。


「あ?お、おめでとうございます!あの、ついびっくりしちゃって。だって兄弟で同じ時期に結婚するって、すごい偶然っていうか、なんていうか…」


焦燥気味に答えた私を、義仁先生はきょとんとした顔で見つめた。


「兄弟で同じ時期?って…なんの話?」
「え?なんの、って…」


私は混乱し、訝しげに眉をひそめる。


「結婚するのは俺だけで、寿士はそんな予定さらさら無いけど?」


呑気な声で言った義仁先生に向かって、「え!?」私は大声を出した。本当に、それはそれはもう、特大の風船が割れたような張りのある大声だった。
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