あの夏の続きを、今
誰に届くこともない、私の心の中の言葉は、遥か彼方に広がる空に吸い込まれていくだけだった。
そっと瞬きをすると、涙が一筋、頬を伝って窓枠の上に零れ落ちた。
花道の端っこのほうにいる在校生たちが、一人また一人と向きを変え、校舎の方へと戻っていくのが見えた。
もう、花道も終わったのか。
…ということは、吹奏楽部員はこの音楽室へ戻ってくるはず。
泣き腫らした顔を見られたくないので、私は急いで荷物を持って、音楽室を飛び出し、階段を下りていった。
花道が終わったら、在校生は吹奏楽部員も含めて各自解散ということになっているので、もうこのまま帰ってしまおう。このまま学校に残ってたって、どうせ先輩と会うことはできないんだし。
そう思いながら、走って行く。
幸い、自転車置き場に着くまでの間に、人とすれ違うことはなかった。
「3月9日」は、まだ流れ続けている。
学校中を、降り注ぐこの音楽が包み込んでいるみたいだ。
私は涙を拭いながら、自転車に乗り、校門を出る。
校門を出てからすぐ右に曲がる。少し進むと、テニスコートの横に出る。
ここからも運動場が見える。私は一旦自転車を止め、運動場の方を眺めた。
3年生の先輩たちの人だかりは見えるけれど、松本先輩の姿は見えなかった。
再び、熱い涙がこみ上げてくる。
私は、すうっ、と息を吸って、そして誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
────また、会いにきますから。
────松本先輩。
────大好きです。
私は再び自転車を漕ぎ始める。
後ろを振り返ることはなかった。
振り返ったら、もっと泣いてしまいそうだから。
私は前だけを向いて、ただ自転車を漕ぎ続けた。
いつまでも流れ続けている「3月9日」が聞こえなくなるまで、ひたすら漕ぎ続けた。
春の訪れを感じさせる暖かい風が、零れ落ちそうになる涙を拭っていった。