鈍感な二人
紳士?いや、ただのヘタレです
クリスフォードは、アッシュベルト邸にある一室の扉の前にいた。


先ほどから、扉をノックしようと掲げた手を止めて何やら悩んだ末、下ろし、また考え事をして掲げるという謎の動きを繰り返している。


俺は、自分の家で何をやっているんだ。



クリスフォードは自問自答していた。バカみたいなことをやっているという自覚はあるがどうにも先へ進めない。初めての経験に彼は大いに戸惑っていた。


と、いうのも事の始まりは、今から9時間ほど前にさかのぼる。



そう、この日、エーデルがアッシュベルト家に嫁いできたのだ。


母に連れられたエーデルが馬車から降りた瞬間、出迎えに並んでいたアッシュベルト家の使用人たちが息を飲むのがわかった。

この日のために用意された淡いピンクのドレスはエーデルによく似合っていた。その美しさは、おそらくこの国においても群を抜いているであろう。



どうやって、この令嬢をだましたんですか?


そう尋ねているような使用人たちの視線ににクリスフォードは無視を決め込んでいた。


ただ、見合いの席の二人のやりとりを知っているアルだけが笑いをかみ殺していた。




「エーデル・ブルックにございます。不束者で至らぬ点もあるかと思いますが、以後よろしくお願いいたします。」


エーデルは、そう言って出迎えた使用人たちに笑いかけた。


使用人からは、どこからともなく感嘆のため息が漏れた。その様子を見て、クリスフォードは、エーデルが一般的な令嬢も装えることを知った。


何せ、クリスフォードに対しては、初対面から変わり者感が半端なかったかであるが、それはクリスフォードが変わり者感が半端なかったせいなのをクリスフォードは自覚していない。


ただ、彼は、エーデルが自分の前で偽ることなく本当の彼女をさらけ出してくれたことを今更ながらに嬉しく思っていた。だが、彼は、この時点で、その喜びが何をもとにしているのかに気づいていない。



そんなクリスフォードは、使用人が言った何気ない一言で固まることになる。



「エーデル様と、旦那様のお子様ならさぞかし可愛い御子が生まれるのでしょうね!楽しみだわ!!」



使用人たちが、クリスフォードの結婚を心待ちにしていたのは、アッシュベルト家の跡取りの問題もあるため、結婚して早々にこの話題が出てもおかしくはない。


だが、クリスフォードは、この使用人の発言に大いに戸惑った。


そう、クリスフォードはそこまで考えていなかった。
< 10 / 17 >

この作品をシェア

pagetop