そして、朝が来る


「少女は学校を変えて、中学に上がり、高校に入りました。そして、少年の存在を忘れないように、一人称を変えました。途中、元々住んでいたアパートが亡くなったことにより引っ越しはしましたが、そう遠い場所ではありませんでした。高校では小学校の同級生もいましたが、同じクラスにはならなかったし、彼等は少女のことを覚えていないようでしたから、少女は平穏に暮らすことができました。でも、少女の中でいじめられていた記憶が巻き戻ってしまったのは確かなことで、それに伴って事故のことを思い出してしまったことだって、本当のことでした。少女はぐるぐるとまわる自分の考えから逃れようとしましたが、考えれば考えるほど深みにはまってしまった考えは変えることなんて出来ず、ある日思い立って、近所のアパートの屋上に行きました」


ごめんね、ヒカル。


君に助けられた命を、私はまた投げ出そうとした。君が命を懸けてまで守ってくれた未来を、私は中途半端なまま諦めてしまった。


「ヒカリは謝らなくていい。ヒカリは何も悪くはない」

「ヒカルだって悪くない! 私が悪いの! ヒカルは生きてたけど、死んだと思ったのに、命を懸けてまで私を助けてくれたのに、私はっ」

「ヒカリ」


宥めるように、ヒカルが耳元で私の名前を囁く。ふつり、と言葉を止めた私の頭を撫でて、ヒカルは言葉を紡ぐ。


「頑張ったね」


その言葉に、張り詰めていた糸がいとも容易く切れたことを理解した。


わああああ、と唐突に泣きだした私の背に手を回して、ヒカルが優しく抱き締める。あの日と同じように、あの日とは違う、フェンスのこちら側で。


ねえヒカリ、とヒカルが優しく私の名前を呼ぶ。大声で泣きながら、彼の声に耳を傾けると、落ちてきた言の葉に更に強く泣きだした私を、変わらない優しさでヒカルは抱き締めてくれていた。


「今日はこれからが夜だけどさ。明けない夜はないんだ」


雲が晴れたのか、切れ間から月が顔を覗かせる。今日の夜はこれから、だが。


「────ちゃんと、朝は来るよ」


夜が明ける。そして、朝が来る。それは、ひとの心だって同じなのだと。


「そのための『光』なんだから」


< 9 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop