透明人間の色



バカだ。

達也はモテるくせに何にも分かってない。
ここは教室のど真ん中だ。そんな台詞を私になんか言っちゃいけない。間違ってもそんな顔して言ったらいけないんだよ。


「___達也」

私の退屈で愛しい日常の崩れる音が聞こえた。
随分昔からしていたはずの音なのに、急に大きくなるとやはり驚いてしまう。


そして、惜しくなってしまう。


「なんだよ」
名前を呼んだきり黙った私に臆したようにうつむき、ぶっきらぼうに言う達也。

きっと達也にはこの崩壊の旋律が聞こえていない。

私だって、もうずっと気のせいと思ってきたものだ。

でも、あともう少しだけ時間を欲しいの。
本当に、あとほんの少しでいいから。

だから私はすっとぼけてみせる。

「___自分がイケメンか、なんて聞かないでよ。達也、ナルシストもモテないよ」

本当は分かってる。



達也が聞いたのは“俺はイケメンか”じゃない。“俺は好きか”だ。



でも、仕方ないじゃない。

達也がナルシストだとか、こんなどうでもいい生産性のない話を、この先もずっと達也としていたいんだから。

「なっ、別に俺はイケメンとか自分で思ってるわけじゃねぇよ?ねえけど、なんつーか………だーーー、もういいわ」

「そう?」

不貞腐れたようにそれに頷き返した達也。それを見て、私は誰にも気づかれないようにそっと息を吐く。

達也は決定的な一言は言わなかった。

達也だって、冷静になればこの話が生産性のないものだとちゃんと分かるのだ。



そしてそれと同時に、今日も私はこの日常を壊せなかったのだ。



私と達也はどちらからというわけでもなく、お互いに目をそらした。

「おい、達也。女に油売ってないで体育館でバスケしようぜ」

よく響くその声が居心地の悪い沈黙を破った。きっと達也の仲間だ。私は名前の知らないクラスメートからの声に救われ、少し感謝した。

私がチラッとそちらに目を向けると、数人の男子生徒が制服を着崩して、バスケットボールを片手に笑っている。

達也がそちらを振り返って軽く手を振った。

「んー、ちょい待って。これ飲んじまうからさ」

達也の返事に教室のドアの前で雑談し出した彼ら。


邪魔、だよなぁ。

私はふと楓を見た。案の定お弁当に顔を突っ込まんばかりに顔を伏せてお弁当を猛スピードで食べている。

私はため息をつく代わりに、達也のペットボトルを持った手を引っ張った。


「ねぇ、その炭酸私にちょうだい」


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