フェアリーテイルによく似た

少し離れてうっとり見上げる私に、中根君は揺らがない声で言う。

「やっぱりもう帰った方がいいよ。口の中、すごく熱い」

(わかってるよ!)

この大波をサラーッと流すなんて、一体どんなサーフィン上級者?
いや、もういっそワカメだ。
ワカメって糖分ほとんどないもんね。
むしろ塩漬けにされるもんね。
帰って韓国風激辛ワカメスープでも飲んで、ふて寝してやる!

不満を隠さず身を翻すと、中根君も同じペースで隣をゆったり歩く。

「仕事終わったら行くから」

返事の代わりに片手を上げて応じた。

(はいはい、了解)

「早く風邪治して、さっきのやつ音声付きでもう一回言って」

(はいはい、了解)

「来週バレンタインだけどさ、ビターとかお酒入りはやめてね。普通に甘いのがいい」

(はいはい、了解)

「……あとでちゃんと薬飲むから、やっぱりもう一回」

(はいはいいいいっ!?)

上げた手を掴まれた。
鼻風邪ではないのに、一瞬軽く唇が触れただけで、息なんてできなくなった。

中根君、ここが会社であることとか、仕事中であることとか、二人同時に体調崩したら仕事回らないってこととか、そういう大人としての常識、わかってる?

熱はどんどん上がっていくし、頭はさらにボーッとしていく。
体の力も抜けて、心拍数上がり過ぎて心臓も止まりそう。

ワカメって心筋梗塞を防ぐって、この前テレビで言ってたのにーーっ!!

間近で見上げる中根君の唇には、私のリップがしっかりとついている。
ポケットからティッシュを取り出して一枚差し出すと、中根君はチラッと見ただけでそれは受け取らず、ペロリと唇を舐めてしまった。

「続きはさすがに風邪が治ってからね」

(……はいはい、了解)

……もう仕方ない。
溺れているのは、私の方なんだから。













『君は全然わかってない。君がいるだけで、俺の気持ちがどれほど波立つか。乾燥した毎日がどれほど潤うか。おかげで毎日呼吸が苦しくて困ってる』


end

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