朝はココアを、夜にはミルクティーを
「四年同棲していたんです、私たち。付き合いは六年ちょっとってところだった。彼は何も言わなかったけど、きっと結婚も考えてくれてたはずです。私も彼ももう三十二だし、さすがにそろそろ……って」
たしかに、亘理さんは郁さんとの結婚を考えていたと話していた。
少しだけ胸が傷んだけれど、見ないふりをする。
「不満なんて何もなかったです。彼は自分のことには無頓着だけど、真面目で優しいし、仕事熱心だし、……もちろん浮気もしない人。そうでしょう?」
「……そう思います」
「でも、一瞬だけそれが退屈に思えた時があったの。彼が転職して、仕事のことで頭がいっぱいになって私を見てくれない時期があったんです」
郁さんは思い出すようにちょっとだけ遠い目をして、そして肩をすくめた。
「そんな時に、行きつけの飲み屋でよく会う人がいて、その人に愚痴を聞いてもらって。私は記憶がなくなるくらいお酒を飲んで、彼に介抱されて家まで送り届けてもらったんです。それで─────靖人と鉢合わせになった」
恋人がほかの男の人といるところを見た亘理さんは、その瞬間なにを思ったかなんて、今はどうでもよかった。
私の心は別なところにあった。
彼女の話を聞きながら、おそらく生まれて初めて抱く感情にただ戸惑っていた。
「その時に連れ込んだ彼は私と付き合いたいって言ってくれて、そのまま一緒に住むことになったんです。たけど…………、すぐ別れちゃいました。私も悟ったんですよね、あれは寂しい時に無性に誰かを頼りたくなる、いわゆる気の迷いだったんだ、って」
彼女の話を聞くに、つまりは今現在恋人はいないということらしい。
「気が迷ったところを彼につけ込まれて、タイミング悪くそれを靖人に見られちゃったからどうしようもなかったんですけど。……本当に私はバカな女です。これで結婚も遠のきましたよ」
また、フフフと笑った。
郁さんは自分のことなのに、どこか他人事みたいに話す。
面白くも楽しくもないのに、亘理さんには何も非がないのに「結婚が遠のいた」なんて自分の都合だけ─────
テーブルの下でぎゅっと両手を膝に乗せて握りしめていると、「ねえ、白石さん」と郁さんが視線を合わせてきた。
「靖人と付き合ってないなら、返してもらえませんか?……なんて言ったら、怒ります?」
「いい加減にしてください!」
自分でも引くくらい、いま私は怒っている。目の前の彼女に。
きっぱり言い切った私は、なるべく沸騰しないように気をつけながら郁さんへ感情をぶつけた。