唇に、ちよこれいと
これが意味することを理解できないほどあほじゃない。


それもこれも、全部この男のせいだ。


「ったく……、だいたい資料作り忘れてたなんざ、どういう了見だよ」


はぁ、と失望を示すように吐き出された声に、言いようのない苛立ちが迫ってきていた。
何を言っても無駄だと理解している。

どうせ私が作っていた資料を消したのは、今この男が何の躊躇いもなく捨てているチョコレートを作った誰かだろう。

その中の誰なのかを探るなんて不可能だ。


「……すみません。必ず今日中に終わらせます」

「今日中って、あと8分だぞ」


私の声にかけられた言葉は注意すると言うよりは、面白がっているような言い草だった。

その言い方があまりにも余裕で、そんなことにも腹が立つ。


思えば、私は最初からこの男が嫌いだった。


「蓮見 耀(はすみ よう)だ」


研修を終えてチームに加わった私に誰よりも早く声をかけたのがこの男だった。

蓮見 耀。

営業成績は常にトップのこの男が、まさか自分の直属の上司になるとは、夢にも思わなかった。
それがいまでは悪夢だ。


形の良い唇がいかにも楽しげに弧を描いている。私はその唇を視界の端に感じながら、最後の作業に取り掛かっていた。
< 2 / 10 >

この作品をシェア

pagetop