今 顔を上げたら、きっと。
 寺岡は、夜に来ると言っていた。まだ夕方だし、明るいから来ていないかもしれない。それなら、今のうちに家に帰って、寺岡が来てもドアを開けなければいい。

 これからどうするか、そんなシミュレーションを理世が繰り返している間にも、車はナビをする必要もなく、理世の家に近づいていく。

『お前とこうしてると、安心する』

 昼間の寺岡の声が頭をよぎる。寂しそうで、どこか思いつめたような、そんな声だった。

 奥さんと、何かあったのかな……。

 心配にならないわけじゃない。形はどうであれ、理世が一番つらかった時に支えてくれた人に間違いはないから。何かあったのなら……聞いてあげたい。

 だけど、怖かった。

 会ったら、戻れなくなる。きっと取り返しのつかない事になる。

 頭の中で、警鐘が鳴っていた。

 あの声を聞いて、私はドアを開けずに寺岡先生を追い返せる……?

 理世は頭をふった。どうしたらいいのか決めることも出来ないまま、後5分もしたら家についてしまう。赤信号で止まった交差点の右側の角には、ちょうどコンビニがあった。少しでも、帰るのを遅らせたかった。
< 18 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop