今 顔を上げたら、きっと。
 その後、仕事の話や研究の話をして、明日も仕事だからと程々の時間で店を出た。

「じゃ鉄平、理世よろしく」

「はーい」

「え?」

 当たり前のように、小林が鉄平に理世を送って行かせようとするので、理世が困惑した声を上げると、二人の視線が理世に向く。

「理世、引越ししてないだろ?」

「あ、はい」

 確かに、学生の頃から引越しはしていない。だから、小林も鉄平も正確な位置はともかく、大体の方向はお互いに知っているのだ。そして、理世のマンションは、鉄平のマンションとそんなに離れていない。

「じゃ、また明日」

 まだ初夏だというのに、蒸し蒸しとした湿気を孕んだ風が頬を撫でる。雲の合間からぼんやりと月明りが覗く空の下、繁華街から家の方向に足を向ける。

「理世さん、タクシー乗ります?」

「どっちでも良いよ。普段は歩いちゃうけど」

 言ってから、鉄平に寺岡とキスしているのを見られたことを思い出した。あまりにも鉄平が普通だから、楽しく飲んだお酒も手伝ってすっかり忘れてしまっていた。

「じゃ、歩きますか」

 やっぱりタクシーに乗る、理世がそういうより先に鉄平が歩き出した。

 しばらく無言で歩いた後、ぽつりと鉄平が溢す。

「藤本先輩、理世さんの事 大事にしてくれると思ってたのにな。好きだって、言ってたし」

「……」
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