晴れのち曇り ときどき溺愛
「俺も楽しかったです。…そろそろ帰りますか。タクシーを呼んでもいい?」


 時間は夜の十時過ぎ、まだ電車のある時間だけど、五条玲奈が『電車で帰ります』とは言えない。あくまで私は最後まで五条玲奈を演じないとここまで来た意味がないと思った。玲奈がこのような場合にはきっとタクシーを使う。


「タクシーをお願いします」

「玲奈さん。今日はありがとう。本当に楽しかった」


 進藤さんの少し甘さを含んだ声は胸の奥にさっきよりももっと強い痛みを感じた。もう、会えない人に認めたくないけど、好意以上のものを持ってしまった。どう考えても進藤さんと釣り合わないことは私が一番分かっている。私が五条玲奈でないことも分っている。玲奈になれないことも分かっているのに、玲奈を羨む私がいる。もう会えないことを認めたくないのに認める私は笑うしかなかった。


「私も楽しかったです。ありがとうございました。食事もご馳走様でした」

「いえ、こういう席は男が払うのが当たり前」


 店を出るとそこにはタクシーが二台用意されてあり、一台目のタクシーに私を先に乗せると、進藤さんはフッと息を吐き、静かに私の方を見つめ微笑んだ。


「元気でお仕事頑張って」

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