魅惑への助走
 「う、嘘でしょ」


 「ほんとだってば! 今まで特定の彼女作ったことないんだから!」


 私は決して馬鹿にしたわけではなく、驚いただけだったのだけど。


 上杉くんにとっては、かなりプライドを傷付けられる私の一言だったようで。


 いつもの穏かな言動とは異なる、キレたような一言を言い放った。


 真夜中のベッドの上、少々気まずい空気が流れた。


 「ごめん。からかったわけじゃないの」


 ベッドの上に腰掛け、背を向ける上杉くんを慰めるように背中から抱きしめた。


 「過去に絶対、誰かとこういうことしたことあるって思ってたから。逆に嬉しい」


 「え……?」


 上杉くんは、信じられないといった表情で振り向いた。


 女の子の場合、初めての経験はとてもかけがえのないものとしてみなされるのに。


 (面倒がられる場合もあるけど)


 男のそれはなぜか、さっさと捨ててしまうべきものとして扱われる。


 全く女に縁が無さそうな男ならばありえる話だけど、上杉くんほどの容姿と学歴で、今まで経験なしで来られたのは奇跡的なように思われる。
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