魅惑への助走
 「えっ、バイトを辞めた?」


 食費は月に三万円、もらうことになっていた。


 上杉くんがシャワーを終えて出てくるのを待って、バイト代は毎月何日に入るのか尋ねた時のことだった。


 バイトの給料日に食費をもらうのが一番合理的だと思い、何日か聞いたところ、予想外の答えが返ってきた。


 「どうして? せっかくいい条件だったのに」


 時給もそこそこ良かったし、店長さんも上杉くんの受験生という現状を理解してくれていて、試験日などはシフトを外してくれるなど、便宜を図ってくれていたのに。


 「ここからじゃ歩いて行ける距離じゃないから、通勤時間もかかるし。交通費などで店側に負担をかけちゃうし」


 まずは店側を気遣い、そろそろ受験勉強に本腰を入れたいと、もっともらしい理由を口にはするけれど。


 「まだ受験まで半年以上あるじゃない。その間の生活費はどうするの」


 「蓄えはあるから平気」


 「蓄えって……。何か月分も賄えるの?」


 「今は明美とこうしている時間が、一番大事だから」


 甘い口調でそんなことを告げて、私に腕を絡めてくる。


 最近、白黒はっきりさせなきゃならないことをこうして、私を抱くことでなあなあにすることが増えてきたような気がする。
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