海に降る恋 〜先生と私のキセキ〜
この日は簿記の授業があったけれど、ぼんやりしていて全く頭に入らなかったから、


「分からない所がある」


そう言ったのは珍しく本当の事だった。


「どこが分かんない?」


相葉先生は自分の席に腰を掛けると、私にテキストを広げるように促す。


「ここ、今日やった貸倒れがよく分からなくって。」

「ここは…。」


先生は丁寧に説明してくれた。

その説明を「うん、うん」と聞きながらも、心の中では大崎先生の事を聞いてみたい衝動に何度も駆られる。


『私が抱えている疑問が爆発するのは時間の問題かもしれない。』


そう、感じていた。


「…分かった?」


説明し終えた相葉先生が、私の顔を覗きこむ。


チタンフレームのメガネの奥から覗く瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。


「あ…はい!分かりました!ありがとうございます。」

「ん。」


私の心臓が大きく高鳴っている事なんて気付いていない相葉先生は、私が理解した事に満足したかのように、タバコに火をつけた。


ブラインドから漏れるオレンジ色の夕方の光に、タバコの煙が溶け込んでいくようだった。



“大崎先生の事”


この短い時間の中で何度も思い浮かぶ質問。


『真実が知りたい―…』


私は思い切って口を開いた。



「先生、もう一つ聞きたい事があるの。」

「何?」


相葉先生は簿記の事だと勘違いしたのか、またテキストに視線を移した。
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