いちごのきもち
§2:それは突然の出来事で

「横山さんってさ、今度の大掃除、体育館倉庫の係でしょ?」

突然、頭上から鳴り響いたその声に、全身が激しく動揺した。

「え、うん、そうだけど」

目の前に、大希くんがいる。

私との、初めての会話。

「俺さぁ、一樹のやつに代わってくれって言われて、
 体育館倉庫の掃除になったんだよね」

「そうなんだ」

「だから、一緒に行こ」

全身が凍りつく。
固まったまま動けなくなった私に、
この人は耳の後ろを掻いた。

「あ、イヤだった? ゴメン」

この人が背を向けようとするから、
私は慌てて立ち上がった。
こんな機会は、二度訪れるとは思えない!

「イヤとは言ってないし!」

きっとその時の顔が、ちょっと怖かったんだろうと思う。
自分でも、それなりに自覚あるし。
この人は、びっくりした顔で、こっちを見てた。

「あー、じゃあ、一緒に行こうか」

私は、黙って大きくうなずいた。

私は、事前の説明で、体育館倉庫の
掃除の手順を聞いている。
だが、この人は
急遽代役を受けたおかげで、なにも知らないのだ。

だから私は、何も分からないこの人のために、
この人の役に立つべく、気合いを入れて、廊下の先頭を歩く。

そりゃあ、体育館倉庫の場所ぐらいは、もちろん知っているだろうけど
この人は、掃除当番として初めて行くのだ。
しかも、私を頼りにしてきたからには、
私にはこの人を守り、教え、導く義務がある。

がしがしと歩く私の後ろを、あの人がついてくる。
それを、時々振り返って確認する。
振り返って、目が合うたびに、
この人は、困ったように立ち止まって、私を見下ろす。

まかしとけ、掃除当番!
あなたに手間はかけさせません!
そんな不安げな顔をしなくても、大丈夫だから!

掃除の手順としては、
他のクラスから来た生徒たちに混じって
倉庫の体育用具を一旦外に全部出し、
中にたまった砂やゴミを掃き出す。

私たちがついた時には、もう用具のほとんどが
外に出された後だった。

私は掃除用具入れの中から、ほうきを2本取り出す。
その1本を、この人に差し出した。

「あ、ありがとう」

だかしかし、この人にこんな汚い倉庫の掃除をさせて
ほこりまみれにさせるわけにはいかない。

私は、猛然と床を掃き始めた。
この人に代わって、二人分働く。
それが、今の私に課せられた第一の使命。

まずはこの人の立ち位置を確保し
いつ何時、誰に見られても
この人が真面目に掃除をしているように見せつけるため
彼の守備範囲を清掃しなければならない。

私は、一番にこの人の足元から掃き始めた。
この人は、私の掃き清めるそのほうきの先から
すぐに立ち退いてくれる。

さすがイケメンは察しもいい

この人の動く先々で、その後ろを掃除していけば
彼が急な代役として現れたことに関して
掃除が雑だと怒られなくてすむ。

とにかく、この人の周辺から
綺麗にしていかねば!

私が掃いて、この人が避ける。
それをくり返すことで、掃除の義務を果たし
この人への責任も果たしている。
私はとにかく、この人の足元を掃き続けた。

「ねぇ、真面目に掃除してくれない?」

ふいに上級生の女から、インネンをつけられる。

「は? 真面目にやってますけど」

「その子、代役で来た代わりの子でしょ、
 そんなにほうきで追い払って、
 いじめなくたって、よくない?」

その子とは、川本くんのことらしい。
私の大切なこの人は、困ったような顔をして
ほうきを握りしめたまま、おろおろとしていた。

「どうかした?」

「いや、なんか、ホントごめん。
急に来て、迷惑だったよね」

「事前に教えてくれてた方が
 こっちもそれなりに対処できたんですけどね」

黙りこんだこの人は、上級生に呼ばれて
ボールの拭き掃除に加わっていく。

……よかった。

私は、周囲からあたたかく迎え入れられ
すっかりこの場になじんだ彼の姿に
ほっと心を落ち着かせる。

無事に、責任を果たせた。
初夏の校庭、
上空には、さわやかな五月の風が吹く。

私は、水鏡のように澄みきった心で、
熱心にバレーボールを拭く彼を見ながら
一人静かに、ほうきを動かし続けた。
< 2 / 74 >

この作品をシェア

pagetop