いちごのきもち
§61:天岩戸システム

その日から、また松永は酒井地蔵前から動かなくなった。
天岩戸とかいう話しがあるけど
あいつは、自分で勝手に閉じこもって
自分で勝手に出てくるタイプらしい。

そんな時は、別に私は1人で帰るから大丈夫。
そもそも、1人で帰れるんだからさ。

ふと見ると、一樹が紗里奈のところへ近寄っていく。
紗里奈は、一樹と何かをしゃべりながら
2人で教室を出て行った。

ため息をつく。
あー、あの2人は、つきあいだしたのかな。
紗里奈の報告を待たなくても、
何となく分かるよ、もうすぐだって。

何日か続けて、1人で校門をくぐる日が続いたあと
やっぱり1人で校門をくぐり抜けると、
そこには大希くんが座って待っていた。

「あ」

ん? 待ってた?

目があうと、なんだかとても照れくさそうに
立ち上がって、頭をかく。

「あのさ、今日、一緒に帰れる?」

「うん」

いつもより、のんびり歩くこの人に
歩調を合わせてゆっくり歩く。
本当に、待っててくれたんだ。

「松永と、喧嘩した?」

その言葉に、私は思わず
笑ってしまう。

「なんか最近、川本くん
 それしか聞いてこないよ」

そしたらこの人も、真っ赤になる。

「いや、俺が悪かったのかなーって
 思ったから」

あなたが原因かもしれないけど
悪いのはあなた自身じゃない

「ちがう」

「そっか」

そこからまた、黙って歩く。
この人は、必死で話題を探しているかもしれないけど
私は、ただ一緒に歩くだけでいいから
その時間を満喫する。

案の定、この人は必死で探してきた話しを
一生懸命しゃべるから
私は適当に相づちをうって
話しを聞いてあげる。
この人が楽しそうに話す、その横顔を見ているだけで
私は充分満足。

駅が近づいた。
こんな唐突なご褒美があるから
このゆるやかな関係がやめられない。

「あー」

この人が立ち止まった。

「またさ、一緒に帰っても、いい?」

どういう風の吹き回しなんだろうか、
そんなことを言われて、この私が断れるわけがないじゃないか
たとえそれが、どんな気まぐれでも、偶然でも
ただ口をついて出たお世辞でも社交辞令でも
返事は決まっている。

「うん、いいよ」

この人は、私を見下ろして
にこっと笑ってから手を振った。

「じゃ、またね」

立ち去る後ろ姿を、呆然と見送る。

こんなことがあるなんて、
もしかしたら、明日
私は死ぬのかもしれない


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