Maybe LOVE【完】

顔を上げ、黙ったままのカオルと視線を合わせる。

好きな人と見つめ合うときのようなドキドキはない。
でも適度な緊張感と安心感はある。
そう感じてるのはあたしだけだけど。

「カナ」
「…なに」
「わざとやってんのか」
「なにを」

は?と思い首を傾げると、それをいいことに角度をつけたカオルの顔が近付いて、鼻がくっ付きそうな位置で止まった。

「ちょっと」
「あ?」
「近いんだけど」
「だったら下がればいいだろ」

……確かに。
あたしの背後にはソファーの背もたれがあるけど、離れようと思えば離れることはできる。
もちろん顔を背ける形だけど。

「てか、カオルがこんな至近距離にこなきゃいい話でしょ」
「お前、さっきからなに言ってんだ?」
「いや、それはカオルだから」

言ってる意味がよくわからないけど、この至近距離でカオルと視線を合わせたまま互いの息がかかる距離を保った。
例えば、このままキスされようが押し倒されようが抵抗するつもりはない。

「帰るって言ったり、他の女がどうのって言ったり、おまけにこの至近距離で動かない」
「だからなに」
「俺がお前を“気になる”って言ったの忘れたのか?」
「気になるとは聞いたしキスもされたしこの至近距離だけど、好きだとは聞いてない」
「じゃあお前は誰とでもこの距離でいられるんだな」

カオルの言葉に妙に納得した自分がいたけど、“そういう意味で言ったんじゃない”と弁解しようとするのはやめた。

自分で自分が言った言葉に驚いたけど、それも口に出してしまえばもう遅い。
数秒考えて「そうかもね」と返事をしておいた。

「カナ、いいかげんにしろ」
「いいかげんにしてほしいのはこっちなんだけど。この距離なんとかしてよ」

カオルが何か言うとあたしが突っかかる。
こんなのはあの日以来で、時間が戻ったような気がしてなんだか面白い。

人の顔色を伺って流れ流されてきたあたしがこうして人に意見を言うなんて本当稀で、こうやって言い合ってるのが不思議で仕方ない。
その相手がカオルなんだからもう摩訶不思議。

カオルはあたしを数秒見つめて眉間に皺を寄せた。
何を言い出すのかと黙って見つめてたら、さらに距離を縮めて触れる寸前で止まった。

「俺を試すような言い方はやめろ」
「試してないよ」
「十分だろ。生殺しだろ、これ」

自分でこの至近距離にしておきながら生殺しって自分勝手にも程があると思う。

どちらかが少しでも動けば触れる。
でもきっとカオルは動かない。
そしてあたしも動かない。
カオルが生殺し状態ならそれも楽しい。
堪えきれずに笑うと、さらに眉間に皺を寄せてあたしを睨む。

「なに笑ってんだ」
「え、笑ってないけど」
「思いっきり肩震えてんだろ」

顔に出さないように我慢しようとすれば他に出ちゃって、どうやらバレてたらしい。
思いっきり笑いたいけど、あまり動けば口唇が触れるから動けない。

もう耐えられなくて思わず目を瞑ると頬にカオルの手が触れた。

「そうやって笑ってくれるだけで十分だって言えるほど俺も大人じゃない」

あまりにも真剣な声で言うから笑うにも笑えなくて、空気が一瞬にして変わったのが触れた手から伝わった。

「……なに言ってんの」
「お前が俺の部屋で酔いつぶれようが朝起きて厚かましく風呂入ろうが何しようが俺にはお前がここにいることが重要なんだよ。お前がここに来ることが重要でお前が何しようがどうでもいい」




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