例えば君に恋しても


「突然、そんなしおらしく僕の腕の中にいられると、勘違いしちゃいそうになるんだけど?」


冗談を言うように小さく笑う声に

「嫌がられたくて抱き締めたの?」と聞いてみた。

困らせるつもりなんかこれっぽっちもなかったのに

君は困ったように笑って抱き締める腕に少しだけ力を込めた。


「君には本当に負けるよ」

消えてしまいそうな掠れた声。

その言葉はそっくりそのままあなたに返したい。


でも

できるなら

少しオブラートに包んで

これ以上

性格の悪さが滲み出てしまわないような言い回しで・・・



「こっち見て?」

頭の上から聞こえた声に、顔を上げると

ゆっくり近付く唇。



大人なんだから


一度くらい触れたところで深みにハマるわけがない。

一度くらい

あなたに触れてみたって

いいかもしれない・・・


ゆっくり

瞼を閉じた時

社長室の掛け時計が11時の鐘を優しく鳴らしながら懐かしいメロディーを奏でた。

途端に

「やっぱ待って、ダメだ」と私の肩を掴み離す。


その理由がなんとなくわかった私は、自分が新一さんとキスをしようとした光景を思い出し、恥ずかしくなって、掃除用具を抱えた。


珍しく、動揺してる新一さんも、出勤帳簿に何回か印鑑を押し間違えながら私に帳簿を渡す。


「今夜また、あのファミレスで会えるかな⁉」

少し頬を染めた彼につられて私が頷いたのと同時に、社長室の扉がノックされた。


コンコンッ


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