夕暮れに染まるまで
 笑みを浮かべるその頬は紅潮し、小さな額にはうっすら汗が滲んでいる。

 思いがけず近いその距離に俺は慌てて目をそらすとその手を振りほどいて言った。

「引っ張るなって。そもそもお前が『最後に中学校を見ておきたい』なんて言うからわざわざ付いて来てやってんのに……」

 透花がむっと唇を尖らせる。

「別に一緒に来てくれなんて頼んでないし」

「ばか、お前一人でなんて行かせられるわけないだろ」

 俺はぼそりと反論して透花に向き直る。透花は一瞬きょとんとした表情で俺を見
つめ返したが、やがてその口元をふわりと解いた。

「……なんだよ」

「ううん、変わってないなあと思って。夕輝のそういうところ」

 そう言って嬉しそうな顔をこちらに向けるから俺はもう何も言い返せない。

「なんかさ、こうやって一緒に歩くの久しぶりだよね」

「そうだな」

「夕輝がいつも私を置いていくからね。あーあ、前は手を繋いで仲良く帰っていたというのに」

「いつの話だよ」

 幼稚園から一緒で、家も近所の俺達はいわゆる幼馴染という関係だった。

 幼い頃は学校の登下校はもちろん、放課後も公園へ行ったり互いの家を行き来したりと一日の大半を透花と過ごしたものだ。

 そして透花の言うように、遊び疲れた帰り道には何の恥じらいもなく手を繋いで夕暮れの道を歩いていたのだった。

 こいつと手を繋がなくなったのはいつからだろう。

「ほんとに静かだな」

 かつて降り注ぐ蝉の鳴き声に空気を震わせていたこの通学路も、今ではしんと静まり返っている。
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