God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
〝進んで巻き込まれた者はそれなりに楽しみ、振り回された奴らは憎しみを増した〟
話題は、先の球技大会に移った。
「特にやる事無いのに、生徒会も朝7時に集合っていうのが解せないわよね」と、阿木が珍しく愚痴ってくる。それは分かる気もする。球技大会においては、段取りも何も有志に一任だ。生徒会は、その有志を募るだけ。後の段取りはその有志が中心になって計画され、行事は運営される。なのに、何故か、何故か、生徒会も引っ張り出される。ついでのように。
「7時って、早えーよそれ」
生徒会とは全く無関係の右川が文句を言った。
「そうだよ、早いさ。いつもいつでも俺達は。おまえなんかに、この過酷な労働は勤まらないだろ」
「てゆうか、やる気ないから。カコクナロードー」
そこに、スマホを片手に松下先輩がやって来た。右川を不思議そうに眺める。
「すいません、すぐ追い出しますから」
俺の声に重なって、「あー、合宿の。あれ面白かったね」 松下先輩は、右川に向けて笑い掛けた。
去年の夏、右川は、俺と永田バカを焚きつけ、坊主アタマ諸々を賭けて真夜中の大勝負大会を画策した訳だが、先輩達まで巻き込んで、先輩達こそ巻き込まれて……俺が負けたらバレー部の存在自体が危ぶまれるという勝負にも関わらず、松下先輩は終始余裕だった。その理由、今なら分かる。
「こんなヤツが何言っても、無視してくださいよ」
「いや、そうもいかないから」
まさか自分じゃあるまいし、何か弱みでも握られているんでしょうか、同志よ。
そこへ永田会長も入ってくる。礼儀として、俺も浅枝も阿木も立ち上がって、挨拶した。右川は、当然のように座ったままである。永田会長は、そんな右川を興味深い目で眺めた。
「すぐ追い出します」
俺の声に被って、「会長、らす♪」と、右川は脳天気に手を上げる。
いくら共通の知人あるあるで盛り上がったからって、先輩に向かってその言い方はないだろう。
永田会長は、呆れ半分、可笑しさ半分、「まさに一族だな」と、こぼした。
共通の知人。
それは、右川一族。〝右川淳一郎〟という名の、右川の兄貴であるらしい。
永田会長らが1年生のとき、3年で副会長をやっていた。同輩の会長をアゴで使って、実質生徒会を掌握。所属するバスケ部は初めて県大会で優勝して。
「右川先輩、今頃は〝いかとう〟って感じで、しれっとやってんのかな」
……イカ? 松下先輩が何を言ったのか、俺には分からなかった。
「そういうのとは違うみたいです。右川さんから聞きましたけど」と、阿木は会話にすんなり加わる。
「全然違いますよ♪兄貴は間違って入ったみたいな顔ですから」
「阿木なんて、ちょっと、いかとうっぽいよね」と、永田会長まで謎の単語を繰り出した。
「それ、状況的に間違ってません?それに、あんまり好い意味で使われてませんけど」
周囲が静かに笑う。浅枝も何が何だか?といった様子に見えたので、分からないのは俺だけじゃないらしい。思いきって、「あの、いかとう……って何ですか?」と、訊いてみた。
浅枝を除いて他全員が、知らないの?という顔だった。戸惑っている浅枝は別として、右川が急に上機嫌になり、「あ、それはね♪イカフライに唐辛子は食べ合わせが悪いからピーマンとかホウレンソウとかの方が栄養的にもいいんじゃないかって事さ♪」と、不自然に親切でニコニコしたその言い種から、とっくにバレてんだよ。「大嘘つくな」
そして、右川ではなく阿木が、俺に向かって、訥々と教えてくれる。
(それは結構、屈辱だ)
〝イカ東〟
それは〝いかにも東大という雰囲気を持つ東大生〟の事を言う。阿木の言う通り、頭が良いといったプラスのイメージよりも、ダサいとか野暮ったいとか、そんなマイナスのイメージで使われる事が殆どだと言う。
「それじゃ、おまえの兄貴って……」
松下先輩が、重々しく頷いた。
「現役で合格したバリバリの東大生なんだよ」
瞬殺。
痛みも感じないほどの素早さで直撃を喰らった。「頭いいじゃないですか!」 辺り構わず大きな声を上げてしまう。これは、右川を無駄に良い気分にさせてしまったかもしれない。
だが、右川は何が気に入らないのか、ふん!と横を向いて、
「そのイカ東ですが。大学と揉めて、親と喧嘩して、世の中にキレて東大を中退。今は北海道の農業大学で畑やってますよ」
永田会長は、思わず立ち上がった。松下先輩はスマホを落とした。阿木も浅枝も固まって、足元に転がるそのスマホを拾ってやる事も忘れている。
ただただ、絶句。
名誉とか権力とか、その他諸々が、俺には見えない早さで通り過ぎた。
「……う、右川先輩らしいと言えば、な」
「ま、らしいけどな」
気を持ち直した先輩2人は、椅子に座り直し、苦笑いするしか無いといった様子に落ち着いた……ように見せて、動揺は収まっていない。
「右川先輩のお兄さんって、どんな人なんですか?」
ここにきて、やっと浅枝も会話に加わった。
「頭も良かったし、スポーツも。器用に何でも上手くてさ」 松下先輩が遠い目をすれば、「見た目そんな感じでもないんだけど、何故か女子にはモテたし」と、永田会長が寄せる。
「一緒に居ると、究極に楽しかったよな」
「でも厳しい時が……悪魔的というか。地獄」
〝進んで巻き込まれた者はそれなりに楽しみ、振り回された奴らは憎しみを増した〟
「面白い人だったけど、敵も多かったから」
永田会長と松下先輩、そこで2人の目線が、右川に集中した。
何かを期待して探るような、妹にその片鱗を見出そうとするような。
「あんなのと一緒にしないで下さい。あたしは生徒会とか勉強とか運動とかユーチューブとか、まず全く興味無いですから」
先輩2人共、それを聞いて安心、という表情に変わらなかった。拍子抜け、落胆の色も混ざっている。少なくとも、俺は、そう感じた。
これはまさかの、生徒会に超大型ルーキー登場なのか。ダークホースか。ダイヤの原石か。
どれを取っても、右川は……こいつはそんなタマじゃない。いくら兄貴が優秀だからって、こんなフザけたチビに、一体どんな期待を掛けるというのか。
普段これだけ学校行事に神経をすり減らしている俺達が、置いてけぼりにされている。阿木も同じ事を感じているのか、思う所があるのか、探るような目で永田会長をじっと見詰めていた。
右川は、断じて、そういった期待を掛けられるような種類ではない。俺はこの場でそれを……どうしても突きつけたくなった。
「そうだよな。おまえの言う通りだ。一緒になんか出来ない。当番も何も人に押し付けて、学校舐めんな。食うな。笑うな。おまえは幼稚園から根性叩き直せ」
そこで、先輩2人が揃って笑った。何が可笑しい?
右川は、「あんたってば、やる気満々だねぇぇぇ♪」と、こっちを小馬鹿にして、
「当番やらされるのは、あたし達一般。生徒会なんて監視してるだけでしょ」
「そうだよ。監視だよ。当たり前だろ。おまえみたいに怠ける奴が居るから」
「そういう上から目線、やめてくんない?地味に不愉快なんですけど」
「おまえの場合、誰が見たって自動的に上からだろ」
「なんか2人共、すごく仲良いみたい」
阿木は、何を言い出すのか。「チビはデカいのが好きだからな」と、隣の永田会長も、勝手に納得してしまう。そこで右川が手を上げた。
「それ、ちょっと違いますけど♪」
手を上げたままの右川と目が合ったからなのか、「はいどうぞ。右川さん」と、浅枝がちゃっかりノリのいい所を見せる。すると、
「このデカいのが!」 右川は俺を指さした。「チビが好きみたいですぅ」
何言ってんだ。
「というと?」と、松下先輩が興味深々で喰い付く。
「だーかーらー、こいつが!あたしを好きみたいなんです」
阿木は目を丸くして、「そうなの?それは知らなかった」
浅枝はスマホを取り出した。「うわ。友達に教えなきゃ」
俺は思わず立ち上がる。
「おまえ勝手な事言うな!」
「だって、あれってそういう事でしょ!」
ぐ……また〝あれ〟か。また!
「くそデカいのに勝手に目を付けられて、こっちは、もー迷惑なんですよ♪」
迷惑とは程遠い顔つきで、ケケケ♪と笑う。俺を脅して楽しむつもりなのか。〝口の付いた壁〟と、周囲に触れ回る程に舐められて、いつまでもチビのいいようになんかさせないぞ。
俺は覚悟を飲み込んだ。ここは、強気に出ると決める。
「いつまでもいつまでも。しつこいんだよ。たかが、あれぐらいの事で」
「あぁ!?」
想定外の反応に驚いたのか、右川は目を剥いた。
「ギャーギャー騒ぐな。いちいちウルせぇ」
「……ねぇ、あんたに謝る口は無いの?」
「そんないつまでも口を気にしてる暇があったら、早くオトコ見つけろよ」
「エラそーに説教すんな!こうなったら、そこら辺の女子に片っぱしからチクってバラ撒いてやるからね!」
「出来もしない事言うな!」
こいつならヤりかねないという一瞬の躊躇をモノともせず、思わず目に付いたUSBメモリを掴んで、右川に投げつけた。右川の右腕すれすれをかすめたUSBが、床でパチンと乾いた音をたてる。
周囲が騒然と……「ま、落ち着け」 
松下先輩が抑えてくれなかったら、俺はどうなっていただろう。
突然に何をしでかすか分からない男だと、浅枝本人を目の前に、自ら立証してしまったかもしれない。
「すげぇな、おまえら。ていうか、沢村ってそんなに元気なヤツだっけ」
永田会長は目を丸くして、余裕で見物していた。
無言のまま、右川と睨み合う。
〝あれ〟は地雷だ。俺だけじゃない。右川にとっても、そうだろう。
いつまでもそこをエグるつもりなら、こっちだってエグってやるぞ!と脅してやったつもりだが、結局自分の首を絞めて終わったような気になる。それだけ体力を消耗した。
とりあえず椅子に座り直し、アクエリアスをガブ飲み。怯えながらUSBメモリを手渡してくる浅枝に向けて、「ごめんね」と、そこは穏やかに……無理矢理、穏やかな笑顔を作って見せた。怒りに震える目の前のチビより、まだ俺には余裕がある。ここはもう、そういう事にしておきたい。
……地震?
微かな揺れに気付いたのは、俺と阿木だけ、のようだった。それほど大きくはないが、その揺れは次第に強くなる。止まった……と思った瞬間に、扉が開いた。
「オレだオレだオレだあーッ!兄貴、オレがやるからなッ!」
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