God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
「オレはやるぜーッ!」
ドンガラガラガラ♪(やっぱりこう聞こえる)と歌いながら、風流な朝顔のうちわで仰ぎながら、永田が生徒会室に入ってきた。この狭い部屋の中、すでに1匹余計に居る中、生徒会を入れて6人がひしめいている。永田がうちわを振ると、その風が気配が、部屋中に充満して、梅雨と相まって鬱陶しい事この上ない。永田が迫ってくるので椅子を少し横に移動させたら、右川と余計に接近してしまう。鬱陶しさは倍増した。
永田は右川を睨み、兄貴に向かって、
「こんなツブ子と何仲良くしてんだよぉ。お!こっちのデカいのはバレー部の後輩ヤリマ~ン」
恐れていた事が起きた。
その噂が、なぜよりにもよって真っ先に永田のアンテナに引っ掛かるのか。
「ヤリマンはどっちだ」
永田会長が、机をどん!と叩いた。周囲が息を呑む。
「おまえ、また体操部にセクハラしたろ」
「え、ちょっとそれは遊んだだけで」とか言いながら、永田(バカ)は、急に焦り出す。
「謝って来い。俺の事は持ち出すな。いつも言ってんだろが!」
普段の永田さんからは想像もつかない強い口調に、周りは当然ながら、弟の方もウッと詰まった。
以前から、体育館の隅で活動している体操部の女子にちょっかいを出すことは多々あった。永田会長は雑談の延長に見せかけて、女子部長に詫びを入れているのをよく見かける。
今はもう彼女がいるんだから、そんな事も少なくなったと感じていたけれど、永田会長に言わせると、「格好つけて、彼女にいいとこ見せようとしてんのか。急にモテ始めたと勘違いか。活きって見境いが無い」と言う事らしい。
「生徒会に何の用だ」と、会長兄貴に訊かれて、「ちょっと下見さ」とか言いながら、永田は右川をあからさまに見下した。
「下見?」
「だって、いずれはこの部屋もオレのもんだろ?」
永田はパソコンやらコピーやら機械一式を触り、叩き、冷蔵庫を勝手に開けて来客用の飲み物を取り出し、窓際の椅子にドカッと腰掛けて味わい、足を組み、「暑っちー!」と、うちわをバタバタと仰ぐ。まさか、俺の相棒アクエリアスを盗んだのは永田(バカ)。おまえなのか。そんな疑惑も生まれた。
だからといって、それをここで露呈してバトルになるのも……鬱陶しいな。
冬の2月の改選。
永田は兄貴に強く反対されて立候補には出なかったものの、次期は俄然、やる気になっている。
そこで、急に右川が立ち上がった。
永田は咄嗟に、まるで迎え撃つみたいに、うちわを構える。
思わず噴き出す所だった。
右川は単にチョコレートが欲しくて手を伸ばしただけ。チビだから立ちあがっただけ。それぐらいの事で何をビビるのか。どうしてくれるんだ。笑いが込み上げて止まらないじゃないか。
永田はその昔、右川にいいように遊ばれた過去がある。それでつい敏感に反応してしまうのかもしれないな。
右川はチョコ2~3粒を口に放り込んで、「あんたマジで会長やるの?」 もぐもぐと口を動かした。
「オレはやるぜーッ!」 永田は構えたうちわを天に突き上げる。
「器じゃない。おまえは無理だ」と、会長は呆れて、弟に背中を向けた。
「うちわ?」
これはボケなのか。いや永田の場合、天然ということも有りうる。
「器だよ、器!」
まるで兄弟漫才。お腹痛い。俺は笑いが収まらない。
「そんなの、どうにか作れんだろ。今回は諦めたけど、次回は絶対頂点目指すからなッ」
「んじゃとりあえず♪2学期のクラス委員から修行してみれば?」
右川の割にはまともな事を言う。おかげで笑いが収まった。
永田はうちわを弾いて、「めんどくせ」と来る。
「生徒会なんて面倒くさい事ばっかだよ。なんでそんなにやりたい訳」
兄貴の居る前で1度、永田に聞いてみたかった。
「女にモテるじゃねーかよッ」
「……そんな事だろうと思った」
その場の全員が溜め息をついた。
「そんなにモテます?」と、阿木が、永田会長に向けて突っ込んだら、
「そうでもないよ。だってき」
「会長は確かによく知られているし、一般の生徒よりは気に入ってくれる女子の確率は高くなるから、モテると言えばモテるかもね」と、早口で説明的な阿木が、いつも以上にクドい気もしたし、言葉を中途半端のまま、永田会長が黙ってしまった事も気になりましたが。
「てゆうか、おまえはもう彼女居るだろ」
俺がチョコレートに手を伸ばす。それを右川が横から引ったくり、「そうだよ。モテる必要なんて無くね?」と、自分で1粒、浅枝に1粒手渡す。
当然、俺はムッとくる。重い腰を上げて、その向こうのクッキーを取りながら、
「気を付けないと。今年の体操部は、部長が結構キツイから」
「オラオラしてたら、頭叩かれるよ♪ますますバカになる。試験前だよ」
何だ、てめー!という目で右川を睨んだものの、それ以上の眼力で兄貴に刺されて弟は黙った。
「ていうかさ、体操部にあんまりヤリ過ぎてると、肝心の彼女にフラれるんじゃないか?」と、これはどうしても言っておきたい。それでまた永田が暴れ始めたら、こっちが迷惑だから。
「まーでもその方が、彼女にとっても幸せって事じゃん?命拾いさ♪」
右川の手が最後のクッキーに伸びてきたので、さっきのお返しとばかりに、今度は俺が横から掻っさらった。あー、愉快愉快♪
「なんか2人共、またここにきて急にすごく仲良いみたい」
阿木に言われた所で、目が覚める。
見渡すと先輩2人共が、俺達のやり取りをまったり見物していた。苦笑いとも違う、微妙な意味を持って笑みを浮かべている。ここはクギを刺しておかないとヤバいかもしれない。
「食いもんの奪い合い。それだけの事だろ。人聞きの悪い事いうな」
阿木は目を剥いた。ちょっと勢い、ありすぎたか。そう言えば、先輩の前で、ここまで阿木に強く出た事は今まで1度も無かったな。
「そうそう。低レベル。2次元以下。こいつは家畜以下。合成でもありえない」
右川がそれを言うと、少し空気が緩んだ気はしたが、結果的に全否定でまたしても息の合った所を晒してしまって……クールダウン。残っていたアクエリアスを一気飲みした。温い。途中で止める。
永田はうちわで乱暴に風を送りながら、「沢村くぅ~ん」と、馴れ馴れしく……今度は機嫌を取り始めたか。
「次はオレを応援してくれよぉ。おまえ十分モテるんだから会長なんてやんなくてもいいだろ?」
そういう事か。
この乱暴な風の心地よさ程度では、それと引き換えにはならない。 
「あんたさ」
右川が永田のうちわを奪った。
「あんたは、沢村なんかを宛てにしないと当選できないの?つまり、その程度なの?」
これまた珍しい。俺が言いたかった事をそのまま、右川が代弁した。
「うるせーな!」と、永田はうちわを奪い返して、右川のもじゃもじゃ頭に一発食らわせる。
「戦略だよ。沢村を取り込んどいて損はねーだろ。後輩ヤリマン、とことん発揮してもらおうゼ」
そこで浅枝が、「沢村先輩って、そんなに人気あるんですか?」と、尋ねた。
ちゃっかりと。
空耳か。気のせいか。俺の人徳を疑って掛るように聞こえたけど。
ちゃっかりと。
「無い。全く無い。あっても気のせいさ♪そいつは頭おかしい」
「おまえが言うな。ノリを徹底的におかしくしたのは確実におまえだからな」
さっきからやけに静かな先輩2人だったが、「来期か……」「早くも、もうそんな話。夏がこれからだって言うのに」「僕ら受験でそれどころじゃないし」「だったら今聞いとくか」「まぁ聞くだけなら」と、2人だけでコソコソやった後、
「沢村洋士。おまえマジで来期どうする?」
突然、永田会長が、まるで俺の覚悟を問いただすように、急にそんなフルネームで……攻撃。
思わず、つまんでいたクッキーを落としてしまった。
「どうするって……」
夏がこれからだって言うのに、もうそんな話ですか。その台詞を、俺も繰り返したくなった。
出るつもりはありません。
もう決めている。
だがここでは、それを簡単に言えない空気を感じた。
永田は敵対心露わに俺を睨み、松下先輩と浅枝にはすがるように見詰められ、阿木は、(来期を聞かれたのは私ではなかった。だからといって見苦しく動揺したりはしないわよ、ここではね)といった様子で遠巻きに窺っているように見える。
急に静まり返った部屋の中で、
トン。
トン。
何処からか、まるで答えを急がせるように、音がする。カウントダウンの如く。見ると、右川がテーブルを下から突いていた。俺に向かってニッと笑う。姑息な嫌がらせを!
「お前、無関係だろ。帰れよ」
ある意味、話題をそらすのには打ってつけだった。右川は、再び永田のうちわを奪って仰ぎながら、
「出りゃいいじゃん。あんた雑用好きでしょ?わんわん、生徒会の犬♪」
そのうちわを俺の襟首にスポッと差し込んだ。
永田会長が、無邪気にぶっ!と吹き出す。
「誰が犬だよ!」
首からうちわを引っこ抜いて、右川に投げ付けた。もじゃもじゃ頭を少しだけかすめて、うちわは扉に当たり、軽い音をたてる。同時に、その扉がゆっくりと開いて……「あ、もう3時半だ。そろそろ帰らなきゃ」と、右川は言うが、俺達はそう簡単には帰れそうにない。
重森がやってきた。
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