God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
「別に何にも気にしてねーよ」
「チャリティやるんで、その報告です」
敬語ではない……とも言えない。そんな曖昧な言い回しで永田会長に一声掛けると、重森は1枚の紙を俺に寄越した。それを松下先輩が横から覗いて、「今回は2日間か」と頷く。
夏前に1度、隣町の駅前広場でやるようだ。「暑い中、頑張るね」と、松下先輩だけが、気の好い笑顔を浮かべる中、重森は辺りを見回し、右川に怪訝そうな目を向け、永田弟とは冷たく睨み合う。
「こないだの……購入した楽器の領収書は?」
「それ、いるんですか」
何を当然の事を。
先輩は、「こないだ部長にも言っといたけどね」と、穏やかに諭す。
「来年の収支報告の時じゃダメなんですか」
「金額が大きい物は、その都度出してもらうようにしてるんだよ」
これも部長には言ってあるけどね。
重森は、1度首をぐるりと回し、微かに口元で音を立てた。
俺は1度眼を閉じた。先生を恐れない重森。先輩なら尚の事。舌打ちって……それマズいだろ。
案の定、永田会長が反応して、キッと横目で睨んだ。弟の方も、一歩前に飛び出る。
そんな険悪な空気を物ともせず、「じゃ、帰るね♪」と、右川が腕時計を見ながら立ち上がった所を、何故か隣の阿木に制服を引っ張られて、また座らされた。「?」と、言う顔でまた立ち上がろうとした所を、阿木は咄嗟にお菓子を引き寄せて、右川の目の前に置く。
「食べて。全部あげる」 今まで見た事もない笑顔で阿木はにっこり笑った。右川は、怪訝そうに阿木を窺いながらも騙されて、さっそく目の前のスイートポテトを1つ手に取る。
そんな事の間に、さっそく浅枝が、重森の目に止まったらしい。
「1年生?」と、重森に訊かれて、「書記の浅枝です」と、浅枝は立ち上がって一礼した。
「君は誰に言われて生徒会入ったの?」
「え、あ、先生の推薦で」
「本当に?」
「はい」
「この学校に兄妹とか居る?」
「いえ、いません」
「今、彼氏とか居るの?」
浅枝は小刻みに首を振った。
「沢村と付き合い出したとか言ってるヤツもいるけど」
「そんな訳ないだろ。何が言いたいんだ」
当事者として黙っていられない。先輩が何か言い出す前に、釘を差す。重森が浅枝を追及する理由は聞かなくても分かっていた。これだけ否定しても、未だに根に持って、疑って掛る。
右川が、食べかけのスイートポテトを半分、包み紙の上に、丁寧に置いた。次に、永田がいつの間にか拾ったうちわをまた奪う。それを、今度は自身の襟首に差し込んだ。もじゃもじゃ頭の背景で丸い形のうちわが滑稽で、この修羅場に有りながら、それだけでうっかり吹き出しそうになる。
……いや、そんな状況じゃないから。
しかし一体、何の真似だ。右川は宙に向かって、にっこり笑うと、
「浅枝さぁん、知ってるぅ?重森センパイってぇ、チョー頭いいんだよぉ」
当の浅枝は、どう扱っていいものかと当惑している。
これは……この展開は、いつかの永田の時と同じだと、俺は感じた。
やめろ。
誰か止めろ。
頭のどこかで警告を発している。でも、先を聞いてみたい。重森が、こてんぱんに打ちのめされる所を見てみたいと……そんな衝動に駆られていた。
「だけど残念だなぁ♪彼女が居ないんだよね」
「おまえに関係ないだろ。オンナなんか、どうでもいいし」
「その割にはさ、他人の彼女事情を、随分気にしてるんだね」
「別に何にも気にしてねーよ」
「ね、重森くぅん、知ってるぅ?」と、右川は身を乗り出した。
「このバカだって彼女居るんだよ?」
永田は、重森に向かってドヤ顔で胸を張って見せた。
同時に、阿木が下を向く。俺も。
バカと言われた事はスルーか。正真正銘バカだと証明したような物だ。
「それがどうした」
「なのに、君ほどの有名人に彼女の1人ぐらい居ないと、恥ずかしくない?」
「それを言うなら、沢村だって居ないだろ」
こっちに飛び火させるつもりか。俺は咄嗟に、反対側に目をそらした。
「おいおいおい。こんな奴と同レベルに並んじゃっていいの?説教するしか能の無い壁だよ?」
当然ムッときたが、それを聞いた重森がフフンと笑って機嫌を直しそうな所に、俺がキレて参戦するのもマズい。とりあえず拳を引っ込める。
「聞いたよぉ。重森くん、来年は会長に立候補するんでしょ?」
重森は黙ったままだった。
周知の事実とも言えるべき、周りは次期部長間違いなしの重森が立候補すると確信しているのだが、重森本人、そして吹奏楽部の側から、何故かそれを1度も聞いた事が無い。早くから手の内は見せない作戦かと勝手に解釈していたが、よく考えたら、他にも立ちそうな輩が何人か居る。
「自分を気に入ってくれる女子が1人も居なくて、それで立候補したとしてさ、票なんか入るの?」
「……」
「あ、わかった!吹奏楽ってお金持ちだから、お金とか配るの?まさか去年もそうしたの?」
酷い言い種でニコニコと迫られ、「そんな訳ねぇだろ」 重森はやっと1言。
「あ、ねーねーねー。永田くんも、お金配ったら?」
ギョッとした。
突然何言い出すんだ。てゆうか、バカを巻き込むなよ。永田を窺うと、ドヤ顔で胸を張ったさっきの姿勢のまま、まるで氷水でも浴びたように固まっている。バカを混乱させただけ。
俺は、最悪の事態を予測して、どうにか口を挟んでこの状況を止めようと……だが、周囲を見渡すと、困惑している浅枝は別として、先輩2人も阿木も、何かを期待するような目でこの事態を見守っている。言いかえれば、薄笑いを浮かべて見物していた。
「あ、そうだ!あんたバスケ部なんか辞めて、吹奏楽入んなよ。笛とか吹いてさ。ぴょぉぉぉー」
もう言葉を無くしてしまう。永田に何を言わせようと、そして何をやらせようと企んでいるのか。全く分からない。或いは、返事なんか元から期待していないのか。黙って聞いてろ、なのか。
だからと言って、このまま右川の暴走を許していいのか。
いくら、この先どういう展開になるのかワクワクして待ち遠しいからって……じゃなくて!
「そしたら、あんた最強だよ。会長兄貴の推薦付き。重森くんよりお金掛からない。そしたら吹奏楽も大歓迎でお出迎えじゃん」
「うるせぇよ!!」
重森は、もう我慢できないと爆発した。周囲も目を見張る。俺も息を飲んだ。
「彼女なんか作ってチャラチャラ遊んでる奴にヤラそうとしてんじゃねーよ!」
それは、永田だけではなく、恐らく、吹奏楽部の他の候補者をも当てこすったのだろう。
後輩に人気もあり、彼女もいる、面々。
「部長は!オレに出ろって言ったんだよ!」
味方は部長だけか。誇り高く、気高く、〝妬み〟という名の痛みを伴って、重森の心の叫びが炸裂している。
「あんたは部長に言われたから立候補すんの?なーんだ、犬か」
右川は重森を指さして、ゲラゲラと笑い始めた。
「犬とか言うな!この、どチビ!」
すると右川は、今度は突然がらりと表情を変えて、「落ち着け落ち着け。うんうん。分かってる♪」と、重森の肩に両手を乗せて、にっこりと笑う。この変わり身は只ならない。
「重森くんは犬じゃない。吹奏楽は我が校の誇りだぁ♪みんな感謝感謝」
右川はうちわを自分の襟首から引っこ抜いた。
「女子はみんな重森くんが大好きだよ♪君は口の付いた財布だもんね」
頑張れ♪と、うちわを重森の手に握らせた。
重森は顔を真っ赤にして、言い返せない悔しさで震えている。その揺れと一緒になって胸元のうちわがひらひら揺れて、まるで自分で自分に涼風を送っているような……笑ってはいけない。笑うと後が怖い。アクエリアスを飲んでクールダウン、しない方がいいだろう。吹き出して陰惨な事になるのは目に見えている。だが、永田が、「もう我慢できねー!」と雄叫びを上げ、「ざまみろッ!おまえらは負け犬の財布だ!ガッポリ稼いで、オレが出せと言ったら差し出しゃいいんだよッ!」
ガハハハハハ!と笑った。重森は居たたまれなくなったのか、うちわを床に投げつけて、「畜生!」 凄い勢いで部屋を飛び出す。こうなると、笑ってるどころじゃない。
辺りが急に冷え込んだように感じたのは、俺だけか。
「ちょっとマズイかな?」とか言いながらも、永田会長は、まだまだ口元が笑っている。
「うーん」と、松下先輩も、何か言えば吹き出しそうだと、グッと我慢している。(ようにしか見えない)
突然、右川が、ぴょん♪とその場で1度飛び上がった。今度は何が飛び出すのか。周囲の視線が、右川に集中する。永田は、うちわを盾に、再び構えた。
右川は、思い出したようにスイートポテトの残りを取り上げると、
「じゃ、帰るね♪」

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