God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
「いやーよく見ると、沢村って背が高くてカッコいいよね♪」
「見せるほどのもんじゃないから、いいんだよ」と説得してみたが、それでも浅枝は、まだまだ迷っている。「俺がそう言ったって言えばいいから」と念を押して、そこで初めて頷いて見せた。
複雑な文書じゃないし、俺から見てもちゃんと出来てる。出していいって言ってるのに、どうして胸張って出せないのかと……まだ1年だから責任の所在に迷うのは仕方ない、という結論に至った。
「出しちゃいました♪間違ってました♪さーせん。次は気を付けまーす♪で、いいんだよきっと。チャラ枝さんは可愛いから大丈夫」
右川が浅枝に向けて親指を突き出した。
不思議に思う事の1つだ。右川はたまにピントの合った事を言う。
かと思えば、
「沢村にチェックされて持って来たとなったら、会長だって、どっか悪いとこ見つけなきゃって思うじゃん。余計な仕事増えるだけ。沢村に付いても未来はないからさ♪」
「まともに聞くんじゃないぞ」と、浅枝にここは強く念を押す。
俺のやることが争いの元だとでもいいたいのか。これほど入り浸っていれば、その悪魔的な勘の良さで、生徒会中の微妙な敵対関係なんか、すっかりお見通しだろうけど。
正直、俺には永田会長の存在が疎ましい。わざわざチェックする手間をかけたくないと言う想いと、いちいち指図されなくてもやれる事を見せたい、という意地もある。
「おまえ少しは浅枝を見習えよ。人に頼るの止めて、自分で辞書引け」
「何で?人に頼るの、止めなきゃいけない?」
「おまえは頼り過ぎ。そういうのは、いちいち迷惑なんだよ」
な?と、浅枝を窺うと、どっちに味方していいのか迷い始めて。
それも普通にショックだな。
「ね、頼られて嫌な人っているのかなぁ?」と、これ見よがし、右川が浅枝に尋ねた。
「え?あ、いやそれは」
挟まれた浅枝が困っているので、こっちは助け船とばかりに、
「たまに頼る人間とは訳が違うだろ。おまえみたいな依存心のかたまりはクソ迷惑だ。たまには自分でやれ」
「おまえのためと思って言ってんですけど」と、俺は紙くずをポンと投げて、右川のもじゃもじゃ頭に軽~るく当てた。それは顔面を転がって、テーブルにころんと落ちる。その紙くずを開き、右川は何やら書き込むと、また丸めた。
「そんじゃ、あんたのために、あたしも言ってやろっか?」
右川も対抗心をむき出しにして、「たまには人を頼ったら?あんたって絶対人に頼まないよね。会長さんとかにも」と、その紙をこっちに投げて寄越す。
開いて見ると、
〝それって周りを信用してないからだゼぇ~〟
いつか見た、ほっそりとした文字。それは右川の物とも思えないが、正真正銘、右川の字であるらしい。この勝ち誇ったような、妙に、悔しいくらいに説得力のある……。
「偉そうに言うな」
俺は、その紙くずを丸めて、今度はちゃんとゴミ箱に捨てた。
確かに、俺から会長に何かを頼んだことは無い。
信用していないといえば、そうかもしれない。
「あ!」と、浅枝は手をポンと叩いて急に立ち上がると、「もうすぐ修学旅行ですよね」と、声が一段と大きくなる。チャラ……浅枝は、この険悪な雰囲気を飛ばそうと、無邪気を武器に、一役買ってでた。
浅枝は、結構気を使うタイプと見える。ノリと違って、先輩の右川に頼まれて仕方なく和訳を引き受けているという事もあるかもしれない。あんまり強引に頼まれるようなら、俺が庇ってやらないと……と、思っていると、「沢村先輩、お土産買ってきてくださいね」と、ちゃっかりチャラ枝から頼まれた。
「お土産だってさ♪」と右川が騙されたようなので、
「だってさ」と俺も成り行き上、乗る。
「世話になってるやつが買えよ。俺はいつも世話してるほうだからいいんだ」
な?
「そんなこと言わないで、沢村先輩もなんか買ってきてくださいよ」
てゆうか、石原に何でも買ってもらえば?いつかのオゴリはどうした?それを言うと、「オゴってもらいましたよぉ」と、浅枝は目をこすりながら、「だけど、もー先輩、聞いて下さいよー」と、何故か文句タラタラで、「最初、パスタって言ったのに、やっぱ金無いとか言ってタコ焼きになって。それもたった1つしか買って来ないから仕方なく2人で半分こですよ。信じられますか?あれだけじゃお腹一杯になんかなりません。だからその先のマックで100円バーガー、あたしがオゴる羽目になっちゃって。意味わかんないです」
仲良いな、おまえら。
「勝負は俺の負けかな」と、意味あり気に目配せすると、浅枝は急に真っ赤っ赤になって、「もお!違いますっ」と膨れた。本音がダダ漏れ。思わず笑った。
「え?何?何が沢村の負けなの?」
右川は〝俺の負け〟という部分に、嬉しそうに過剰反応する。
「あたしと沢村先輩、競争中なんですよね?」と、浅枝は首を傾けた。
「どっちが先に彼氏彼女ができるか。沢村先輩と、そういう競争をしてるんです」
ふんふん、と右川は聞いている。
「石原くんじゃありませんからね。あたしは、もっとイケメンを探しますから」
浅枝はドヤ顔した。彼氏が出来たその時に、そういう顔が見たいもんだ。石原、頑張れ。大丈夫、ほどほどにイケてるだろう。
「もぅ、チャラ枝さぁん。そんなの、探す必要なくない?」
え?と、浅枝が聞き返した。右川は、「いいのが居るじゃん。ね?」と、俺にも同意を求めて……まさか、ここで重森を宛がうつもりなのかと。
そうなったら何が何でも阻止するとばかりに、俺は構えた。
「だーかーらー、競争なんか止めて、沢村と付き合っちゃえばいいじゃん」
は?
いつもの事だが、唐突過ぎる。浅枝はさっき以上に顔を真っ赤にして、「そ、そんなっ、そういうんじゃないですっ」異様に混乱して、中身のないお菓子の包み紙を2回も3回も千切ってしまう。
「おまえ何言い出すの」
こっちは呆れるだけ。動揺は、チビを喜ばせるだけ。
「あんたも、よかったじゃ~ん♪壁打ちしてくれそうな女子が、こんなに身近に居てさ」
右川はニコニコと、「いやーよく見ると、沢村って背が高くてカッコいいよね♪頭いいし、真面目だし、女子にガツガツしないし、何を突っ込んでも心折れないし」と、畳みかける。
俺の人間性をそんな風に解釈しているのかと、そこには少々興味を持ったが、終始ワザとらしく持ち上げ通しで、こうなってくると小っ恥ずかしいを通り越して陰謀の匂いがプンプンしてくる。
「右川先輩、こないだと言ってる事違いませんか?」と、浅枝は右川の顔色を窺った。
確かに〝2人で居る時は気を付けろ〟との御注進とは180度違うご意見だ。
俺はピンと来た。
右川は、決して親切で、浅枝を俺の彼女に薦めた訳ではない。これは、彼女が出来れば永田も落ち着くと、そう考えたあの時の自分と一緒だ。女子に腑抜けて、あれを忘れてもらいたい、その一心。
従兄弟を持ち出して脅されるのは嫌。いつかのように、バラ撒け!と開き直られるのが1番困る。そのために手っ取り早く浅枝を宛がっただけ。それが手に取るように分かった。
そうは行くか。
「俺もさ、いつかのあん時も一瞬思ったけど、そう言うおまえも、よく見ると、か……」
か。
か。
か……言えない。
肝心の部分が、どうしても言えない。そっちがその気ならこっちもおまえを褒め上げて、いつかの悪夢を仄めかして脅してやろうと考えたのだが、いくら冗談と割り切っても……言えない。
〝可愛い〟なんて。
この口が断固、拒否している。
右川のヤツ、俺の事をカッコいいとか何とか、いくら冗談とはいえ、よく言えたな。ふと目先に、浅枝がひいきにする〝くまもん〟キャラが飛び込んできて。
「か、か、か……顔がモグラに似てるな」
それを聞いた2人共、肩から、すこん!とズレた。
「これまた唐突。つまんない事、サラッと言わないでくれる?感じ悪いよ」
「いいじゃないですか。モグラの顔って可愛いですよ」って、俺の代わりに浅枝が言っちゃってるし。
浅枝は、「あ、沢村先輩。今日もいいですか」と、また俺の写真を撮り始めた。
あのフルート女子にあげるのか。それならせめて、まともな先輩として写り込んでやろうとばかりに、いつも以上に真面目な顔を作って見せる。その様子を見て、「あんたって地味にナルだね」と右川はドン引きだった。
もう、何とでも言え。
そして、真実は闇の中だ。
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