God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
チャラ枝さん
ある日、放課後の生徒会室。
いつものように行くと浅枝がいて。何故か、右川まで居る。
チビが入り浸っていると、重森に疑われても仕方ない現状だ。
「アギングが、あたしに用事があるっていうから来ただけ。ヨウジに」
用事で来たわけじゃないよ♪と言いたい所だろうが、
「いちいち、言うな。しつこいんだよ」
今日もお菓子を目の前に、浅枝と仲良く(?)雑談のようだ。
俺は、こないだの残務、松下先輩が途中まで打ち込んだ予想外の出費に関する報告書を立ち上げた。これを収支の報告に添付して先生の承認を貰う。
パチパチと、こっちがキーを打ち込む音に混ざって、
「industrial は産業系の。individual はですね、個人的な、みたいな。recently は最近、ですね」
浅枝が、単語の意味を連発。それを右川が横で、ふんふん♪と聞いている。
「clerk は事務員さんの事ですよ」
「って、おまえら一体、何やってんの」
もう我慢できないと、尋ねてしまった。
「右川先輩が、分からない単語の意味を教えてくれって」
聞けば、こないだの中間テスト。右川は相変わらず、数学以外は追試を取ったようだ。英語に至っては追試だけには留まらず、先生からは、またしてもどっさり課題を渡されたらしい。ここで阿木を待つ間、課題をやろうと辞書を開き、これまでのプリントを手掛かりに取り出して一応やる気は見せたものの、次から次へと分からない単語が出てきて和訳が一向に進まない。だからと言って。
「おまえプライドないのか。浅枝は後輩だろ」
「だって便利なんだもん。いちいち辞書引くより、チャラ枝さんに聞いた方が早いんだから」
「ちゃ、チャラ枝って……」
「もぉ、あたしそんなチャラくないですよぉ」
浅枝がムキになって訴えたが、本気で怒っているようには見えない。怒るどころか、どこか甘えているように聞こえるのは気のせいか。(十分、チャラいぞ)
思えば、阿木は、アギング。浅枝は、チャラ枝。俺は?……怖くて聞けない。
こないだまで浅枝は、どちらかというと右川には怯えていたはずだ。なのに今は、チャラ枝と呼ばれて遊ばれながら、嬉々としてお菓子を献上している。
右川に取り込まれていくその様を、俺はしばらく呆然と眺めた。
さきの中間テスト。
これからを賭けて引き返せない大勝負。
結果は……98点という、自分史上最高得点をマークして、俺の総取りとなった。
「最高は98点で、沢村くんです」と、先生からは名指しで発表されて、おおーッ!と周囲を騒がせた事も誇らしい事ではあるが、生徒会の危機を脱した、それ以上に、弱みをバラされなくてホッとした、もうそれだけで満足だった。受験以来、あれほど心臓に悪い1時間、もう2度と味わいたくない。
右川と重森は95点で同位だった。それも凄い事である。同時に、かなり危ない橋だったとヒヤリとした。
勝利のご褒美については、重森には今のところ敢えて何も要求しないでおく。暗黙の〝貸し〟を与えたという事にしておきたい。これでしばらくは大人しくなるだろう。
右川には、こっちが余裕で、「もう弁償はいいよ」と、言ってやったら、「あ、じゃギョウザあげるよ」と、毎度おなじみ右川亭特製ギョウザを取り出してきた。
このチャンスをギョウザと引き換え?ありえない。
「それは要らない。戦利品はじっくり考えて……後日、発表しまーす」
右川が悔しそうにグッと詰まるのを見ていたら何となく愉快になってきて、重森と同じように、このまま何も貰わないまま卒業まで引っ張ってやろうか。
永田さんの弱みも気になる所で、今も補習課題を前に唸る右川に、それとなく尋ねると、
「あ、あれ?別に何も無いけど」と、あっけらかんとした。
は?
「だーかーらー、元から何も知らないの」
唖然とした。
「おまえ、それルール違反だろ」
「だって勝てると思ったし。負けてもクソ正直に言う必要無いじゃん。あの財布のカネ森にさ」
重森は、とうとう〝カネ森〟なのか。じゃなくて、元から何も無いとは、それは嘘だな。余計な事を考えているんだろう。浅枝から聞いて書き写している単語が、はっきり1行ズレている。やっぱり何かある。
浅枝の前では詳しくも聞けないと、今はこれまでにしておいてやるが、いつか絶対追及してやる。そう言えば、いつかの阿木の件は?そうやって次から次へと浮かんできて、右川には1つの要求では足りそうにない。
ふと、右川の手元を見ると、英和辞典の下から数学の課題プリントがはみ出ていた。チャラ枝通訳に夢中になっている隙を狙って、それを取り上げて見ると、1番下の余白に、いつかのように問題とは全く関係の無いグラフや図形が書かれている。右川の字ではない。
裏返すと、やっぱりそこにも大量の図とグラフが唸っていた。
「これって、おまえの兄貴の字?」
右川は、勝手にプリントを見ている俺を怒りはしなかった。サッとプリントを奪い返して、「これはアキちゃん。いつも数学、教わってるから」と、そのプリントを几帳面に折り畳んで、何やら手帳のような冊子に挟む。
山下さんか。全く予期していない名前が出てきて、そこはちょっと驚く。
進藤が〝お兄さん〟と言っていたので、それを東大兄貴だとばかり思っていたが、そうでは無かったようだ。聞けば、課題を終えた後、山下さんは、「だったら、こういうのは分かるか?」と応用問題を手書きして、実力を試してくれるらしい。その恩に報いたいという女心が功を奏しているのかもしれないと思った。それで、数学の出来だけが突出して。
「まるでマンツーマンの家庭教師じゃん」
何となく羨ましいぞ。
あの時……俺が授業で当たった問5、盗み見た山下さんの手書き応用問題、目の前の試験問題、それが1本の線で繋がって、俺を真っ直ぐあの答えに導いてくれたのだと……山下さんには心から感謝した。
浅枝をそろそろ和訳から解放してやろうか。俺は完成した書類を浅枝に手渡し、「先生のハンコ貰ってきて。急いで」と、頼んで待っている。結果、右川と2人きりになった。
「あのさ、いつかの阿木の事なんだけど」
言い掛けたそこに、運悪く阿木がやってきて、これはもう黙るしかない。
阿木はさっそく冷蔵庫を開けると、中身を見ながら、何やら考え込んでいた。
何かと尋ねたら、
「余った茶道部のお菓子をね、ちょっと入れさせてもらったんだけど。それがいつの間にか無くなってるの」
俺は、横眼で右川を睨んだ。ヤツもピクリと反応して、
「あれって、捨てるんじゃないの?」
「日もちするお菓子だったから、欠席した子に後で渡そうと思って。右川さんには、隅田さんへ渡してもらおうかと思ってたんだけど」
阿木は1度ため息をつき、
「無いなら仕方ないか。用事は終わり。右川さん、帰っていいわよ」
阿木は部屋を出て行った。「おいコラ」と、俺が言うが早いか、右川はリュックからその包みと思しき品々を取り出して、しれっと冷蔵庫に戻している。
「セーフ、セぇぇーーーフッ」
「おまえ、全然懲りてねーだろ」
「で、1度冷蔵庫に入れたこれを、欠席した隅田さんに渡せばいいという事で♪」と、もう1度、冷蔵庫からお菓子を取り出してリュックに仕舞った。
どういう理屈のリセットなのか。意味が分からない。
反省も全く無いようだ。永田と一緒で、単に見境いが無くなっただけ。1度、阿木に見つかってコテンパンにやられた方がいいような気もしてくる。
(隅田さんにも。)
俺はあれ以来、冷蔵庫には1本たりとも入れてはいない。倉庫から直接、温いまんまを取り出して持ち歩いている。結果として、「そんなの、よく飲めるね。気持ち悪くない?」と、ますます奇妙な男子だと、周りに認可されてしまった。
そして、真実は闇の中だ。
阿木が出て行って、また右川と2人きりになった。
「あのさ、さっきの話の続きだけど。いつか阿木と」 
「さっきからアギングアギングって、あんたアギングに気があるの?」
「んな訳ねーだろ。おまえは、カネ森か」
そこに、「ハンコ貰いましたぁー」と今度は浅枝が戻ってきてしまって……また話が中断する。いつもいつでも、右川に都合のいいように物事が流れて行くと感じるのは気のせいだろうか。
「3時半になったら帰るからね」と、お菓子をツマみながら、まだまだ居座る右川に、「何か飲みますか?」と、浅枝が声を掛けているが、「こいつに気使わなくていいから」と、そこはビシッとけじめを付けておく。
「浅枝さん、今朝の、会長の依頼だけどさ」
浅枝は立場的には今も俺の補佐である。だが最近は、簡単な委員会の議事録は1人で作れるまでに成長していた。何て有能。そして教え方がいいのだと、日々思う。(誰も言ってくれないけど)
時々、俺を通り越して会長から直接浅枝に舞い込む件があった。雛型はパソコンに入っているから、後は任された文章を入れるだけ。そんな段取りを教えてやり、ついでに最終チェックも俺がしてやる。
「どうでした?」
「大丈夫、これでいいと思う。そこの会長印押したら、すぐに先生分コピーして配ってきて」
「会長に見せてませんけど、押しちゃってもいいんですか」
「チェックするって言われた?」
「いいえ。特には」
「なら、いいよ」
「うわ。会長さんにチクってやろ♪」
……そんな事が弱みになるとでも思っているのか。
だがそれを聞いた浅枝が迷い始めてしまう。
余計な事を。
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