光の国へ
庭下駄を突っかけて歩きだした。十メ-トル先にささやかな門がある。門柱に寺号を書いた板が掛けてある。この寺は農家出の父が開いた寺だ。
 公道に出、両側に小奇麗な建売住宅が並んでいる道を西に向かった。突き当たりを左に曲がるとほどなく四車線の道路に出る。走行車両が少なくなった道路を二人乗りのバイクが通り過ぎていく。前方に電車が走る高架が横切っている。道路際に都心への駅があり、隣のネットカフェに車が数台停まっている。
 中学生の頃、この辺りは田畑が広がり、貨物線の踏切があつたのだが、高架になり、都心へつなぐ客線になった。
 風景は変わるが、頼まれたお経を読みに行く順信の日々は変わらiない。いや、少しつづ減っていく。いつまで続くか分からない。
 駅前から踵を返した。
 寺が近づくにつれ、足が重くなってきた。よろよろと歩いた。
 門を潜り、客間の濡れ縁に腰を下ろした。
 胸の内に痞えていたものが込み上げてきた。
 
 そうだ、吉君に聞いてもらおう。
 大寺の小僧をしていた父は仲人の口車にのって、小寺の娘であった母の婿養子になったが、母には、後を継がんと言って軍人になった兄がいた。戦後、母の寺は叔父が住職になった。父は、間借りを転々とした末、元社宅の二軒長屋の一戸を買い、新寺の申請をした。戦後の混乱期であった。境内三十三坪、礼拝室兼庫裡十二坪の寺が認可された。
 吉君、初めて家へ来たときのこと、君は忘れたらしいが、ぼくは忘れられない。
 押し入れの壁に金紙を貼り、紫色の風呂敷を被せた机の上に仏像を飾っただけなのを見、君は、これでも寺か、と呟き、少し考えてから、要するにお経屋だな、と言った。君の一言は、ぼくの胸深くに沈んだ。
 お布施を数える父を嫌悪し、僧侶の子として生まれた宿命を呪った。
 家出、自殺未遂。
 僧侶ではない何者かになろうと、悪戦苦闘し続けた。

 同窓会にも行かず、君との縁はきれた、と思っていたのだが、三十年ほど前だったか、バスに乗っていたら君が乗り込んできたのだ。気がつかない振りをして下を見ていたのだが、君は懐かしげに話しかけてきた。
 それからは、ときどき会ったな。
 腰を上げ、御堂への階段をのぼった。

 父の寺は、仏事を大事にする土地柄のお陰で、少しづつ仏具を増やし、ついには百坪の土地を買い、二階建て三間御堂を建てた。落慶法要を済まして直ぐに、父は血を吐き、他界した。
 会社勤めを始めて間もなくであったが、周囲におされ、世過ぎの方便だ、と思い定め、後を継いだ。土地柄のお陰で、頼まれたお経を読んでおれば、日がくれていった。が、僧侶ではない何者かになろうと、という夢は燻ぶり続けた。
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