もう泣いてもいいよね
タケルの言うあの頃…

私が5年生の頃、父さんは病気を患った。

今思えば、癌だったのだろう。

急激に痩せていく父さんを見ているのは辛かった。

でも、父さんは入院しなかった。

中山家の当主が、家を離れるわけにはいかないと言った。

当時の私にはそんな時代錯誤のことを理解することはできなかったが、毅然とした父さんに何も言えなかった。


ある日、学校から帰って来ると、家の様子が違っていた。

慌てて父さんの部屋に行くと、既にその顔には白い布がかけられて、母さんが泣いていた。

私は、家を飛び出した。

「子守花を取ってくれば…」

その思いで山へ登った。


当時、守神山の峰付近にある子守花と呼ばれる白い花が人を蘇らせるという伝説があった。

実際に誰が蘇ったかなんて話はなかったが、私はそれを信じた。


いつも遊び慣れた場所よりも深く山に入って、その白い花が咲くという峰を目指した。

でも、小学5年生が、行ったことのない場所へ簡単に行けるほど、山は甘くなかった。

もう9月の終わりで、山の日暮れは早い。

その夜はたまたま満月だったが、人を寄せ付けないような守神山の深い森の中までその光は届かなかった。

私は道に迷って、方角も見失ってしまった。

父さんを生き返らせたい。

その気持ちだけで登ってきたが、周りが夕闇に沈んでいく現実に、恐怖感だけが沸き上がってきた。


ふと、崖のところに小さな洞穴があるのを見つけ、私はそこに逃げ込んだ。

暗さと寒さと正体のわからない動物の鳴き声に、私は震えるしかなかった。

心の中で助けを求めたのはタケルだった。

タケルについてきてもらえば良かった。

タケルなら、何とかしてくれた。

そんな気持ちで一杯で泣き叫びそうになった時、声が聞こえた。
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