もう泣いてもいいよね
翌日、香澄はバスの時間の都合上、昼前に雑貨屋へ寄った。

店の中に入るとレジの後ろの棚を見た。

皆美の書いた本が並んでいる。

香澄はそれを見ると、胸に小さな痛みを感じる。


「おばさーん」

香澄は声をかけた。

「あら、香澄ちゃん。帰ってたの?」

奥からすぐに皆美の母親が出てきた。

「昨日、夕方過ぎだったのでごめんなさい」

「いいのよ」

雑貨屋なのに隙のない着こなしをした中山深雪は、品のある笑顔で言った。

「香澄ちゃん、この間といい、いろいろありがとうね」

深雪は深々とお辞儀をした。

「おばさん、そんな。やめて…私にとっても大事な友達だから」

香澄は手を振りながら言った。


「ありがとう…」

深雪はすっと背筋を伸ばし、涼やかな中に少し影のある声で言った。


「あの子、どう?」

そのことを聞くのに躊躇したようだ。


「…自分で書きたいものを書きたいって」

香澄は一呼吸置いて答えた。


「そう…」

深雪はやっぱりというような表情でつぶやいた。


「おばさんが早い方がいいって言ったけど、少し時間がかかりそう」


「そうかもしれないわね…」

深雪は少し遠い目をした。


「で、やっぱり、あの子帰ってこないの?」

深雪の目がまた香澄を見た。

「うん。それは無理みたい」

「そう」

香澄はだんだん受け答えが辛くなった。

「タケル君にも迷惑かけてるのね」

「いや、それは彼の問題だから」

香澄は両手を振った。

「でも…皆美次第なんでしょ?」

「うん。そうだけど…」


「あなたには辛いことでしょうけど、私はあなたがうらやましいわ」

深雪が少し陰のある目で香澄を見つめた。

「おばさん…」

香澄は深雪の気持ちを想像すると、何も言えなかった。


「ごめんなさい。そんなこと言うべきじゃなかったわね」

深雪は気弱になったことを後悔したようだ。

「あらためて皆美をよろしくお願いします」

「ううん、できる限りのことするから」

また深々とお辞儀する深雪に、香澄は慌てて手を振りながら頭を下げた。



振り返ると、店の前で深雪が、まだゆっくりと手を振っていた。

香澄はまたちょこっとお辞儀した。

それは深雪の気持ちだ。

きっと見えなくなるまで手を振っているだろうと、香澄は思った。
 
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