呼び名のない関係ですが。
1.噂の男
***
「あ~三峰主任、丁度いいところにぃ~」

かん高い後輩の声に呼び止められたのは、朝イチから緊急招集された長い会議を終えて、ようやく自分の席へ戻る途中のことだった。

もうすぐお昼休みになる時間帯の事務所内は、ざわついた緩い空気がすでに流れている。

呼ばれた方を見やれば、後輩のふたりがしきりに私に向かって手招きをしていた。

今年入社したばかりの新人の駒形さんと二年目の林田さんは、年が近いこともあって仲が良いらしい。

まだ学生気分が抜けていないのか、最近のふたりはうるさい小鳥みたいによくさえずる。

先輩を手招きで呼ぶってどうよ、と思いながらも普段周りから微妙に煙たがられている私に物怖じしない態度は、かえって賞賛に値するかもしれない。

もっとも私が注意したところで「細かいこと言わないでくださいよ」と軽くあしらわれるが関の山だ。

「何かわからないところでも?」

彼女たちの席の前で立ち止まると、ふたりはチラチラとお互いを見合ってアイコンタクトをとっている。

言いづらいことがあるのか、珍しく恥じらうふたりを不審に思いながらも、彼女たちの言葉を待った。

「実は、私、見ちゃったんです。って、あのっ、高遠さんのことなんですけど」

駒形さんは小声でそう呟くと、きれいな内巻きの横髪をしきりにいじりだした。

「……何の話です?」

出てくると思わなかった人物の名前を聞いて驚いたものの、はた目にはそうとは映っていないはず。
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