呼び名のない関係ですが。
他の男に付けられた傷を塞ぐように抱く、強引なのに優しい腕が心地良く感じ始めている。

それに、自分のなかにも欲があるんだってことを、遅ればせながら気付かされた。

今までどんなに淡泊な人間だったのか二十数年も生きてきて知ったのは、恋人でもない高遠さんの口車に乗っかった夜だなんて、皮肉ではあるけれど。


『つまらない女だ』と恋人だったひとに振られたのは、ほんの数か月前の話なのに、それすら遥か昔の出来事のような気がする。

もっとも最後のほうは、終わりがみえていたことに気付いてなかったわけじゃない。

約束を交わしにくくなった休日や平日の慌ただしい逢瀬やその短い時間にですら、存在を主張するように揺れるスマホ。

それを終わりにしなかった理由が愛だったのか、今でもよく分からない。

分かってるのは、問いただせなかったのは私の弱さだったということだけだ。

明るくてちょっと調子が良いひとだった彼が、いつの間にか狡猾なひとになり変わってしまっていた。

自分の恋の終わりすら休憩時間の噂話で聞くなんて、ちっとも笑えない。

情けなさすぎる恋の結末だった。

どこかの重役の娘と婚約したと、他人の口に言わせた男を最低だと思いながらも、せめてきちんと終わらせたいと、普段からひと気のない資料室の屋上に彼を呼び出した。

唯一の救いは、彼との付き合いを会社の誰にも打ち明けていなかったことだったのに、このむなしい別れ話にはギャラリーがいて。

それが憎らしくもハイスペックな後輩、高遠颯也(たかとうそうや)だった。


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