臆病者で何が悪い!
今年ももうあと数日、数えるほどだ。
仕事納めまで残りわずか……。
早く休暇に入らないだろうか――。
「生田係長、また溜息ですか」
「……まだ係長じゃないですけど」
隣の席に座る、鶴井先輩が茶化しながらそんなことを言って来た。
「……練習してんだよ。それより、どうしたんだ? おまえが溜息なんて珍しいじゃん」
「溜息、ついてましたか?」
「ああ、はっきりと溜息と分かるやつ」
まあ。気が滅入っているのは確かだ。
俺の後ろの席二人、いや、田崎のせいだ(もう”さん”なんて付けてやる気がしない)。
あの会議室での一件以来、どうにもあの男から発せられる言動が気になって仕方がない。
どれもこれも意味深に思えて。
何も知らない沙都が、あの男に微笑んでいるのを見ると、ついイラっとしてしまうわけで。
この環境、非常に仕事上問題がある。
あの人、異動しねーかな。
などと、つい大人げないことを思ってしまったりする。
他課との打ち合わせから戻る途中、廊下で同期の遠山とばったり出くわした。
「おう、生田」
「お疲れ」
言葉だけ交わしそのまま立ち去ろうとして、ふと立ち止まる。
そう言えば、遠山は田崎と親しいんだった……。
「なあ、遠山」
「ん? なんだ?」
同じように立ち止まった遠山に近付く。
「おまえさ、田崎さんと親しいんだよな?」
「ああ、そうだけど」
「あの人、どんな人?」
俺のような他人に興味のない人間にとって、田崎は俺の理解をはるかに超えている。
「どんな人? おまえだって今は同じ課だろ」
ごもっともな疑問が投げかけられたが、聞きたいのはそんな上っ面なことではない。
「おまえ、入省した時からの付き合いなんだろ?」
ここは引き下がるわけにはいかない。相手のことを知らないと対策の立てようもない。
「まあな。田崎さんには世話になったよ。あの人、人当りいいし、先輩面もしないしさ。右も左もわからない新人時代はありがたかった」
人当りが良いことは分かっている。知りたいのはその裏の顔だ。
あの笑顔の仮面の下の顔――。
「――でも、あんなふわっとした雰囲気をしていながら結構野心家なところがあるんだよな」
「野心家?」
遠山が何かを思い出すかのように腕を組んでいる。
「そう。田崎さん、キャリア試験3回受けてんだって。3回も受けるって、どれだけだろうってさ。年齢制限のこともあるし就職も不利になるからって諦めて、ノンキャリ試験受けて採用になったらしい。あの人の雰囲気からしたら意外だろ? それだけキャリアになりたかったんだろうな……」
3回……。それは知らなかった。
「まあ、ノンキャリとキャリアじゃその後が全然違うもんな。でも、俺はノンキャリの方が気楽でいいいと思えるから、キャリアが羨ましいとも思わないけどね」
あんな、毒なんて微塵も持ってなさそうな顔して、めちゃくちゃ野心家じゃねーかよ。
「忙しいところ、足止めて悪かったな」
遠山と別れ、一人課へと戻りながら考える。
だからと言って、俺に逆恨み――?
そんな幼稚なこと、大の大人がするか?
俺にはよくわからない。
ただ、あの人が、一筋縄では行かない精神構造を持っているということだけは分かった。