臆病者で何が悪い!
希を人の視線から避けるために、少し路地裏へと移動した。そして、その背中をさすりながら、田崎さんへと電話をかける。同じ係の先輩としてもちろん番号は知っていた。でも、その番号を使ったことはない。出てくれるだろうか。呼び出し音を、少し緊張しながら聞く。なんて話せば、一番希にとっていいだろうか。少しでも希の痛みが伝わるようにするには、どうすれば――。
じりじりとした気持ちで規則的な機械音を耳にする。スマホを耳に当てながら腕時計に目をやった。
21:30――。
おそらくまだ職場にいるはずだ。お願いだから、携帯に気付いて。祈るようにその電話が繋がるのを待つ。仕事中なら電話に気付かないことは多々ある。とりあえずメールを入れておこうか。そしたら仕事が終わった後には少なくとも気付いてくれるはずだそれまでは私が希の傍にいればいい――。
そう考え始めた時、無機質な音が止んだ。
(もしもし。内野さん? どうしたの?)
「すみません、突然」
電話越しに初めて聞く田崎さんの声に、緊張する。
「今日、同期の飲み会で、今、希と一緒にいるんですが」
スマホの向こうの静寂さが異様に耳につく。私は少し焦りつつ言葉を繋いだ。
「希、いつもと様子が違っていて。泥酔するほど飲んでしまって。このまま帰すには心配なんです。ここ、職場からすぐのところですし、迎えに来ていただけませんか? もし、仕事がまだ終わっていないならそれまで私が希の傍についていますので」
それでも、まだ、田崎さんは何も言葉を発しない。
「本当に、希、心配なほどに弱ってます。だから、絶対、来てください。これは、希の友人としてのお願いです」
今、希が必要としているのは私じゃない。田崎さんだ。
「分かったよ。ただ――」
やっと言葉を発した田崎さんの言葉を待つ。
(今すぐには行けそうにないんだ。実は、もう家に帰っていてね。だからそこに行くには時間がかかる。とりあえず内野さんの家に連れ帰ってもらえないかな)
「えっ?」
田崎さんの言葉に、思わず声を上げてしまった。
(そんなに泥酔しているなら、外にいるのも辛いだろう。迷惑をかけて申し訳ないけれど、内野さんの家で休ませてもらえないかな? 希の自宅に送り届けてもらうのが一番いいのかもしれないけれど、そうしたら今日はもう希と会うのは難しくなる)
確かにそうだ。希は実家暮らしだ。そんな夜遅くに田崎さんが出向くわけにもいかないだろう。
(……希は、僕に会いたがっているんじゃないの?)
さっきより低くなった声に、びくっとする。
「そう、です」
(だったら、そうしてもらえないかな。確か、内野さんは職場からそう遠くないところに住んでいたよね。僕が必ず、内野さんの自宅に迎えに行くから)
私の腕の中にいる希に目をやる。希は捨て身で、今日、泥酔したんだ。田崎さんに会いたくて。ちゃんと向き合いたくて。そんな希の想いを無下にはできない。
「分かりました。ひとまず私の家に連れて帰ります。住所をお教えしますので、なるべく早く迎えに来てあげてください」
(分かった)
最寄り駅とマンションまでの道のりで目印となるものを告げて電話を切った。