臆病者で何が悪い!

生田からの指令の通り、水曜日には生田のマンションに職場から向かった。
頼まれていた郵便受けを確認する。いくら住人に頼まれているとはいえ、人の家の郵便受けをあけるのは少し緊張する。無意識のうちに周囲を見渡してしまった。郵便受けの中にあったものは、ほとんどがダイレクトメールだった。報告しなければならないような大した郵便物はなさそうだ。それらを手にして、生田の部屋へと向かう。

合鍵を使って鍵をあけ、誰もいない真っ暗な部屋に足を踏み入れると、それと同時にスマホが振動した。

「今、ちょうど生田の家に来たところなの」

それは、生田からの電話だった。

(そうか。なら、良かった。まだ帰る途中かとも思ったんだけど)

電話越しの生田の声をききながら靴を脱ぎ、部屋の明かりをつけた。月曜日の朝見たままの部屋の光景が広がる。

「今、郵便受け見て来たけど、特に大事そうなものはなかった」

(……口実だって言ったのに、律義に見てくれたんだな。ありがと)

スマホの向こうで笑っているだろう表情が予想できる。

「なに、それ。じゃあ、見なくていいの?」

(いや、見てくれたらそれはそれで助かるから)

まったく。溜息をつきつつ、部屋の真ん中に座る。そしてエアコンのスイッチを入れた。

「それにしても、人の家で一人で過ごすって、改めて考えるとなんかすごいことだよね」

それって、信頼されている何よりの証な気がする。

(そりゃそうだろ)

家族と同じくらい信用してもらえている、と思っていいのかな――。なんて、少し自惚れ過ぎだろうか。

(金曜の夜は、多分電話出来ないと思う。出張の最後の夜だから打ち上げになる。だから――)

生田は念を押すように言った。

(土曜日、ちゃんと俺の帰りを待っているように。待ち合わせ場所は覚えてるな)

「はいはい、分かってますよ」

出張に行く前に生田から伝えられていた。土曜日、16時に品川駅。あれだけ念を押されれば、いい加減覚えるって。

(じゃあ、あと二日。俺に会えなくて寂しくても、仕事ちゃんとやれよ)

「仕事はちゃんとやってますよ」

失礼な。むしろ、気が散る存在がいなくてはかどってます!

(明日は電話するから)

「はいはい」

(ったく、可愛くない……)

そっか、もう少し『寂しい』とか言って甘えるべきなのかな……。なんて考えているうちに、(じゃあまたな)と電話は切られていた。だって。甘える必要がないくらい、生田はいつも私を甘やかしてくれているんだよ。それを、分かっているのかな。
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