臆病者で何が悪い!

それからは、考えることも何かを思うこともやめた。ただ、壮行会のために出来ること。その準備や、そして仕事。すべてから逃げるように没頭した。

それでも、その日はやって来てしまう。

「今日、おまえ先に行っといて。夕方会議で時間通り行けないかもしれない」

桐島にそう言われていた。課内では、生田の最後の出勤日とあって、ひっきりなしに生田の席には誰かが訪れていた。それを横目で見ながら、私は仕事を進める。

「――もう来週からは、あの席に生田はいないんだな」

隣の席に座る田崎さんがぼそっと呟く。それは私に言っているのか、それともひとり言なのか。判断がつかなかった。どちらにしても、仕事に関係のない会話はするつもりはないけれど。

「いなくなると分かると、少し、寂しかったり……? 唯一僕が本性を出せる人間だったから」

「……え?」

その田崎さんの言葉に、思わず田崎さんの方を見てしまった。

「ほら、僕、本当は性格悪いでしょ? それを隠しているのも結構疲れるから」

一体、何が言いたいんだろう。

「本当の自分を曝け出せる相手は貴重だなって話。君も、そう思わない?」

「……いえ」

慌てて顔を背ける。

本当の自分。強がらなくても、女を捨てなくてもいい、ありのままの私を受け入れてくれた、ソンザイーー。

何かを揺さぶられそうで焦る。今さら、何かをかき乱すようなことは考えたくない。
< 341 / 412 >

この作品をシェア

pagetop