臆病者で何が悪い!

「私も愛してる」

心から重なり合う気持ちは、二人をきっと強くしてくれる。

「……お姉さんに、一緒に会いに行こうね。全部、お姉さんのおかげだもん」

「こんな時に、姉貴の話か……。でも、今回ばかりは本当に感謝してる。だから、二人で行こうか。きっと、姉貴、大騒ぎだな」

そう言って二人額を合わせて、笑い合った。でも、生田の目が、また甘く細められて私の視線を捉える。

「……もう、我慢できない」

次の瞬間には、その声色まで変わって。

「今日は、多分、寝かせてあげられない」

大きい手のひらが私の頬をすっぽりと包んで、私の目を熱のこもった目で見つめて。

「――ずっと欲しいと思ってきたものを手に入れることが出来た日だから。俺の、願いが叶った日だ」

「ずっとって……」

思わずその物言いに笑ってしまうと、掴まれていた顎をぐいっと生田の方へと向かされた。

「ずっとだよ。本当に、何年も」

「……え?」

何年もって……。

「おまえに出会った日からずっと。あの夕焼けの公園で、おまえに会った日から、始まったんだ」

夕焼けの公園……。

「あの年の夏。俺、日比谷公園のベンチで、おまえを見た」

「日比谷公園の、ベンチ……?」

「もちろん、おまえが内野沙都だなんて知らないけど。でも、夕方ベンチで泣いているおまえを見たんだ。俺にとってのおまえとの出会いは、そこ」

「ちょ、ちょっと待って……っ。それって――」

あの時、就職活動も上手く行かなくて。達也に、あっけなく捨てられた時で。

夕焼けの寂しい空の色が、私をたまらなく惨めにさせた。

この世で、私を必要とする人は誰もいないんだろう、なんて思って酷く孤独を感じていた。

たまらなくなって、人が行き交う公園で恥ずかしげもなく泣きじゃくって――。

その時、ただ一人、恥ずかしい私に、手を差し伸べてくれた人がいた。

「まさか、あの時、私にハンカチ差し出してくれた人……?」

私は、涙にまみれた恥ずかしい顔を見せられなくて、ずっと俯いていた。
だから、私は顔は見ていない 。

「内定式でおまえを見た時、本当に驚いた。こんなことあるんだなって。でも、それ以上に驚いたのが、初めて会った日のおまえと別人だったこと……」

私の頬に手の平を添わせながら、生田が言葉を紡ぐ。

「俺にとってのおまえは、夕焼けの公園で泣いていた姿が最初だから。同期として出会ったおまえが、あまりに明るく騒ぎ立ててる奴だったからさ」

生田にとっての私は、あの日泣いていた私なんだ――。

「おまえから目が離せなくなったんだ。沙都が同期の前で騒げば騒ぐほど、あの日はどうしてあんなに泣いていたんだろうと思った。こうしてみんなの前で笑う分だけ、またあんな風に泣いていたりするのか、なんて思ったりした」

「ど、どうして、私に何も言わなかったの……?」

そんな風に私を見ていてくれたのなら、どうして何も言わずにいたのだろう。

どうして、あの時の人間が自分だと名乗り出なかった……?

「おまえがあまりに元気な姿ばかり見せているから。泣いていたイメージなんてまったく見せてなかっただろ? だから、あの時の姿は人には知られたくないだろうと思ったんだ。他の人ならまだしも、俺、だしな……」

生田が優しく、そして労わるように、私を見つめてくれる。

そんなにも前から、私のことを見ていてくれた――?

「だから、前にも言っただろ? 俺の気持ちは軽くないって」

「でも、まさか。そんなにも長い間私のこと見ていてくれた なんて、想像もしなかった。生田、そんな素振り、全然――」

そうだ。同期として出会った日から、生田はどこか近寄りがたかったし、私に積極的に話しかけて来る感じでもなかった。

「おまえと特に接点があったわけでもないし、知られない方がいいだろうというのもあったから、遠くから見てただけ。それに、なんか、おまえ俺のこと苦手そうだったし……」

「そ、それは、生田が無表情で何考えてるか分からないタイプだったからで」

取り繕う私に、生田は笑って私を抱き寄せた。

「――言えなかった。俺、おまえに対してあんな風になんでもないような顔をしてきて、今更実はずっと沙都のこと見てたなんて、言えねーよ」

私を胸に抱きながら、生田がぶっきら棒にそう言った。

「私、何も知らずに……」

田崎さんのことも、元カレとの過去も、私は全部生田に曝け出して。
生田は私をずっと見守ってくれていた。生田はどんな思いで私のことを見ていてくれたんだろう。
こんな私のことを、ずっと。

「おまえが笑っているたびに、その笑顔が本物ならいいなって心の中で思っていた。おまえを笑顔にするのが別に俺でなくても、それでいいとも思っていたけど。でも、せっかくおまえと同じ課になったのに、おまえには好きな人がいると知った。なのに、俺は欲が出てしまった」

はは、と生田が笑う。

「生田、私――」

「だからこそ、俺は今、おまえとこうしていられることが本当に嬉しいんだ。幸せだよ。だって、ずっと見て来た女が、やっと俺のものになる。俺を選んでくれたんだから」

私は、溢れる涙で言葉がでない。
声なんて出せなくなっていた。

「沙都が思っている以上に、俺の想いは深いんだ。これで、分かってくれましたか?」

そう言うと、たまらなく深い口付けで唇を塞ぐ。熱くて甘い激しい唇の感触が、私を飲み込んで行く。生田に私の全部を明け渡す。

もう、怖くないから。この先、何が起きても、また苦しいことがあっても、この気持ちだけは間違いじゃない。怖がってばかりだった未来は、あなたと共に歩く新しい未来に変わるのだ。
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