臆病者で何が悪い!
「あの人、私が初めて付き合った人でね。まあ、初めてって言っても、それが最初で最後なんだけど」
私にとって、初めて出来た恋人だと思った人。
「ほら、私ってさ、女って感じじゃないでしょ? だから、友達にはなれても異性としては見てもらえなくて。彼氏彼女とかそういうの、私にとっては遠い世界のことだと思ってた」
それまで、男の子に告白なんて一度もされたことはなくて。女の子同士で繰り広げられる恋バナは、いつも聞き役だった。
「大学に入ってもそんなだったから、きっとこの先も誰かが私に好意をもってくれるとか、そんなことが自分の身に起きるって想像すら出来なくて。そんな自分が結婚なんか出来るはずもないから、早々に公務員を目指したってわけ」
女一人でもちゃんと生きて行けるには――。そんなことを、周囲はまだ恋や遊びに頭がいっぱいの大学二年生くらいから真剣に考えていた。
『そんな先のことまで考えてるの? 結婚なんて、時期が来たら出来るでしょ?』
女友達にはそう言って呆れられた。普通の、それもまだ大学二年の女の子ならそう思うのが自然だと思う。でも、私はそんな発想にはならなかったのだ。
「せっせと公務員受験の勉強をして、大学四年になったばかりの頃だったな……。大学で公務員受験対策セミナーみたいなものがあって、それに参加した時隣になったのが彼だった。彼、同じサークルの同級生だったんだけど、一緒に騒いだりするメンバーにはいなくて。顔は知ってる、ってくらいの間柄だった」
そんな距離感だったからかな。ずっと顔見知りではあったけど、ちゃんと話をしたことがなかったから、どこか新鮮だった。
「それからセミナーで顔を合わせるようになって、話をするようになったの。数人でわいわいじゃなくて一対一だったから、ゆっくり話せたのが大きかったんだろうね。それまで人を好きになんてならないようにしていたのに、気付いたら好きになっちゃってた」
本当なら苦痛なはずのセミナーが楽しみになっていた。達也と二人で話せる時間が、私にとって大切なものになっていた。
「もちろん、付き合えたらいいな、なんて思いもしなかったよ。何かを求めたりしない。でも、恋するとなんでだろうね、誰かに話したくなっちゃうんだよね」
サークルで特に仲が良かった女友達に、達也とどんな話をしたとか休憩時間に一緒にコーヒー飲んだとかそんな些細なことを報告するだけで楽しかった。だから、ただ好きって気持ちだけで十分だと思っていた。
「セミナー最後の日、彼からお茶に誘われて。突然言われたの。『内野のこと、なんかいいなって思ってる』って。その時は、まさかと思った」
あの時の衝撃は今でも思い出せる。時間が止まった。呼吸を忘れた。
「『サークルの奴らに、内野が俺のこと好きみたいって聞いたんだ』って。だから思い切って俺から言ってみたって。その時、私、すっごくすっごく嬉しかった」
本当に嬉しかったんだ。
「初めてだったんだよ。誰かが私を女の子として見てくれたの。それも、それが好きな人だもん。天にも昇る気持ちだった」
そう言って笑うと、生田が私から視線をはずしジョッキを口に運んでいた。
私はふと空を仰ぐ。一瞬、星がきらっと瞬いたけれど、そのきらめきはすぐに消えた。まるで、あの時の私の恋みたいに。